いち麦

敵のいち麦のネタバレレビュー・内容・結末

(2025年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

筒井康隆ワールドには余り馴染みがないし原作も未読。感想はあくまでも映画だけを鑑賞してのもの。

近代フランス演劇史が専門の元仏文・大学教授の孤独死。ハイ・インテリ渡辺儀助(長塚京三)の慎ましくも端麗な老後の日々から赤面ものの本音と醜態が曝け出されるまでの展開がなかなか惹きつける。これは彼の死ぬ前と死んだ後暫くを継ぎ目なく主人公視点で映像で描写していると見た。映画ならではの表現の醍醐味。どこまで現実でどこからが彼の妄想(夢想)か、どの時点で死んでいたのか、現実の死因は何だったのか等など鑑賞後、映画の中に仕掛けられたヒントから考えさせるネタに尽きない。

死は自分の思い通りには迎えられないものだ。生活水準を下げず預金を使い果たしたときに自死するつもりで計算し遺言書まで準備していた筈の男に思いもかけず急に死が攻め訪れる。“敵”は死のメタファーだろうと思った。でも自死する日をXデイと決めて残り日数を計算している儀助が死を恐れている、というと矛盾しているように思えるかも知れない。だから彼の強迫観念を言い換えるとすれば“死に方”や“死に様”への拘り。自分が望んでいる“美しい自死”以外の死をもたらすものは全て彼にとっては“敵”に相当するのだと思う。それは預金を一気に掠め取る詐欺紛いの災難であったり、死に至る疾病や体調不良であったり。
現れた亡き妻も、かつての教え子も女性たちはみな容赦なく切り込んでくる。男の面子も虚しく慚死寸前の状態に。ココは笑い処なんだが同じ男としては妙に身につまされる思い。

あの終盤クライマックスで敵に殺される映像から儀助を襲った現実の死因は急な心臓発作、心筋梗塞か何かだったのではないだろうか…と勝手に想像。
また、屋敷内で度々儀助の前を横切る謎の男の影は誰だったのだろう。ラスト近く葬式後の場面で窓から外を窺う儀助を遠くに写し込んだ短いカットから翻って、影は儀助亡き後の若き相続人(中島歩)ではなかったか。だとしたら、あの時点で儀助は既に…。

長塚京三は、ちょっとだけ披露したフランス語だけでなく、ソルボンヌ大学で学んでいた頃に身につけたと思われる文化人の素養が滲み出ているかのような持ち前の気品ある台詞語り。それと同時に一方で老人の醜悪さまで赤裸々に表現していて素晴らしい。教え子役を演じた瀧内公美の艶っぽさにも吸引された。モノクロの映像がまるで大人の御伽噺のような空想の世界を生み出していて見応えがあった。
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