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赤いヒール靴
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赤いヒール靴の作品紹介

赤いヒール靴のあらすじ

5歳の少女ジャマルは、村で祖母と暮らしている。ある日家にやってきた女性の赤いヒール靴に気づき、その美しい女性が自分の母親だと悟る。ジャマルは少しずつ彼女との距離を縮めていくが、やがて朝を迎えると、あのヒール靴は消えていた。

赤いヒール靴の監督

Alina Baitokova

原題
Red Heels
製作年
2025年
製作国・地域
キルギスアゼルバイジャン
上映時間
13分
ジャンル
ドラマショートフィルム・短編

『赤いヒール靴』に投稿された感想・評価

ポチ
3.0
祖母のもとで暮らす5歳の少女‪𓂃 𓈒𓏸◌‬
どうやら訳があって、母親とは別れて暮らしているようで……

でも、ある時…日々の生活では見慣れない赤いヒールの靴が!?
その持ち主が母親だと察した娘は、少しずつ距離をつめて、そばから離れずにずっとベッタリで居るんだけど( ˊᵕˋ*)💦

幸せな時間もつかの間……隣で寝ていた母親はまたどこかへ💦
切ないけど、こうゆう親子は居るんだろうなぁ~って思う。。。
3.1
🇰🇬🇦🇿13分

とある村で暮らす5歳の少女。ある日家にやってきた赤いヒール靴の女性は自分の母親で…。

子どもの希望と痛みの両方を象徴として登場する赤いヒール靴。タイトルでもあるくらい重要な存在で、実際とても印象的だった。

#SSFF2026 @s_s_f_f
SSFF&ASIA様の招待で先行視聴
【ママの色】

SSFF&ASIA2026㉝

はぁぁぁ…😩
惜しかったね〜😫😫😫
ちょっと寝坊して試合開始の瞬間には立ち会えなかったけど、ちゃんと同じユニフォームを着て応援しましたよ💪
それにしても、日本はホントに強くなったと思うよ👌
でもやっぱり「優勝」を狙うとなると、もうワンランク上にステップアップしなければいけないんだなって言うことも痛感した試合でもあった😢
ポゼッション(ボールの支配率)ほど一方的にヤラれてるって感じはなかったけど、ほんの一瞬の隙も見逃さないってのは、やっぱりブラジルの試合巧者ぶりが発揮された瞬間でしたね😩
でも、今まで以上に目指すポイント、必要なポイントが明確になった大会でもありました✨
ここからの4年間、また楽しみが一つ増えましたわ👏
ひとまずお疲れ様でした✨

…ということで本作。

≪Filmarksあらすじ≫
5歳の少女ジャマルは、村で祖母と暮らしている。
ある日家にやってきた女性の赤いヒール靴に気づき、その美しい女性が自分の母親だと悟る。
ジャマルは少しずつ彼女との距離を縮めていくが、やがて朝を迎えると、あのヒール靴は消えていた。
・・・ってお話。

物語の中からわかることは、ジャマルのママは離婚後ジャマルを田舎の村に住むお祖母ちゃんに預けて都会に働きに出ているということ。

この設定だけでジャマルの寂しさが手に取るように伝わってきてツラい・・・😢
僕も両親が離婚してしばらくの間はお祖母ちゃんの家で暮らしていた時期があって、その時は本当に「自分の居場所」がわからなかったのよ。
たかだか小学校3年生の脳みそで「自分の居場所」について考えるのって、ツライよ(+_+)
いや、お祖母ちゃんは本当に優しくしてくれたし、それは今でも感謝してもしきれないくらい。
でもね、「ここは自分の家じゃない」っていう感覚ってやっぱりあって、じゃあ僕の家ってどこなんだろう?って考えた時に必ず行き着く答えは「壊れた家族」っていう絶望なんですね😢
どんなに待っても元には戻らないんだな・・・って思ったら、本当に悲しかったし、夢なら醒めて欲しいってマンガみたいなことを本気で思ったりもした。

ジャマルがお祖母ちゃんの家で過ごす間、近くに同じ年頃の子供もいなく一人で遊んでいた。
真っ赤な花の花びらを一枚ずつ爪に張り付けて、まるでマニキュアのようにして眺めていると、そこに真っ赤なヒールを履いた女性が現れる。

それは街に働きに出ているジャマルのお母さんだった。
微笑むママを前にしても、ジャマルはどこかよそよそしくしてしまう。

これってね、「憎しみ」とか「怒り」とかそういう感情ともちょっと違うんだよね。

子供にとって親って「一緒にいて当たり前」の存在であって、それが目の前から消えてしまうって「この世の終わり」くらいの出来事に感じてしまうのね。
それは死別という別れもあるかもしれないし、離別という別れなのかもしれない。

いずれにしても、そういう状況になった時、子供ってまだ大人のような切り替えの術を持っていないから、自分の中でもどう処理してよいのかわからなくなるんですね。

まして「自分を置いて遠いところにいってしまった」という現実は、例えどんな理由があろうとも「置いていかれた」っていう事実として残ってしまうのね。

そして子供はどうするかっていうと、必死に自分の心を保とうとして「防御本能」が働いてしまう。
例えば「他者との交流を極力遮断して、これ以上の喪失を避ける」という子もいるし「親の存在を心の奥深くにしまい込んで思い出さないようにする」という子もいる。
僕は「周囲を心配させないように極力明るく振舞う(もう一人の自分)を演じること」で痛みを自分から遠いところに置いた。

だから、そうやって何とか自分なりに現状を消化しようとしているところにお母さんが現れると、やっぱり戸惑うっていうのは当たり前だと思うのよ。

でもね。。。
やっぱり好きなのよ、大事なのよ、一緒にいたいのよ。
その感情の揺れがジャマルからヒシヒシと伝わって来てね。
たった13分のお話だったけど、僕には凄くよくわかるお話だった。

お母さんが再びジャマルを置いて街に戻ってしまった朝・・・。
「絶望」とも「虚無」ともちょっと違う複雑な感情がこみ上げるジャマル。
ラスト1カットの表情がとても印象的だった。