荒野の狼

7月4日に生まれての荒野の狼のレビュー・感想・評価

7月4日に生まれて(1989年製作の映画)
5.0
「7月4日に生まれて」は1989年のアメリカ映画で145分と比較的、長めであるが長さを感じさせない作品。DVDでは監督のオリバー・ストーン、主演のトム・クルーズ、原作者のロン・コーヴィックのインタビューと、映画に被せたストーンの音声解説が聞くことができ、映画の理解を深めることができる。インタビューでは、監督が自分がベトナムから帰還したときにショックであったのが、一般市民のベトナム戦争に対する無関心indifference であったとしており、本作でも、戦争に参加しなかったクルーズの友人が自分のビジネスにのみ関心をみせ、戦争への無関心があきらかになる場面がある。原作者のコメントで印象的なのは、ベトナム戦争で、負傷したことが知恵wisdom ・祝福Blessingとなるように打ち勝つには時間がかかったが、そのために自分は、よりよい人間となれたとしている点。監督の社会情勢を鋭く描く視点と、原作者の真の意味での愛国心が、本作の土台になっていればこそ、名画たりえた作品ということがわかるインタビュー。

ロン・コーヴィック:My wound become wisdom. I have in a way triumphed over the tragedy of what I’ve gone through. Life is worth living. This has been a blessing that in some way I have been able to become a more whole human being because of what I went through.


クルーズは1962年生まれなので公開当時27歳で、シリアスな役柄は「レインマン」と本作がはじめてといってよい。「トップガン」が軍のプロパガンダ映画であったため、クルーズが本作の主演でどうかという疑念は、監督も原作者もクルーズに会った段階で、彼の原作への理解や、主人公とクルーズの生い立ちの共通性などから払拭された。監督は、「プラトーン」に引き続き本作を作った理由として、ベトナム戦争は、従軍軍人にとって戦地でおわっておらず、帰国してからも続いていたので、その部分を描くためと答えている。ベトナム人側からの視点としては、本作では、クルーズの所属する米軍が婦女子を含む民間人を誤って斬殺するシーンがあり、直後に、クルーズが味方の米兵を誤射して殺害する。このことが、帰還後のトラウマになるのだが、後者の力点が9割ほどであり、ここにも大量のベトナム人の死と、ひとりの米兵の死に対する軍人の感情に差別があることを読み取りたい。
映画は、主人公の少年時代からはじまるが、主人公が軍人のパレードを街頭から見学するシーンで、車椅子でパレードに参加する軍人のひとりに原作者本人が特別に出演している。このシーンで、原作者は銃声(爆竹?)のような音がするたびに、反射的に顔を引きつらせる(映画の中盤でクルーズが同様に帰還軍人としてパレードに参加し、銃声に顔をしかめるシーンがあるが、この冒頭のシーンとリンクしている)。
映画の冒頭には、ケネディの大統領就任演説で自分が国家のために何ができるかという「自己犠牲sacrifice」について語るシーンがあるが、監督によれば当時のアメリカの青年は、犠牲を理想とする風潮の中で人格形成がなされていった。本作は愛国者の青年が、帰還後に反戦に転じるストーリーであるが、この転換の鍵となるエピソードが、今一つはっきりしないのが弱いところ。クルーズの堕ちていく人生を描くこと=反戦とはなるが、クルーズ自身の心のなかで反戦がいかに芽生えたかが十分には描かれていない。
監督によれば、本作と原作の違いは複数ある。原作者は、自分が誤射して殺した遺族には会いに行くことがなかったため、これが映画との相違と非難を受けた。監督の回答としては、原作者は遺族を傷つけることを避けるために面会はしなかったが、小説として自分の行ったことを公表することで、面会に行ったことと同様の告白をしたことと同じである。原作者は小説化することで、映画では面会に行き懺悔することで、主人公は次のステップ進めることになる。1972年の大統領選挙でニクソンが再選を目指す共和党大会で、主人公が抗議行動を行い負傷したシーンは史実ではないことも、映画が批判された点。これに対し、監督は、この場面は原作者が経験した複数のエピソードを共和党大会ですべて起こったように編集したものであり、その意味では、すべて史実であると回答している。ちなみにニクソンは、この年の大統領選挙で圧勝するが、1973年にベトナムから米軍は撤退。1974年にニクソンはウォーターゲート事件で辞任。大統領になったフォードは1976年の選挙で民主党候補のジミー・カーターに敗れている(映画はクルーズが1976年の民主党全国大会で演説に向かうところで終了)。
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