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自転車泥棒のkojikojiのレビュー・感想・評価

自転車泥棒(1948年製作の映画)
3.7
 戦後イタリア映画界には「ネオレアリズモド」という一大潮流があった。
それは、ドキュメンタリー的な映画づくりで、ロケーション撮影の多用や素人俳優の起用、貧困や労働争議や戦争といった社会的現実を描いた作品群を言う。
 この映画は、ロベルト・ロッセリーニの『無防備都市』、そしてルキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』に並ぶ「ネオレアリズモ」代表作である。
 この映画のテーマは「貧困」だ。それも胸が締め付けられるような「貧困」だ。
#1302
1948年 イタリア🇮🇹映画
監督: ヴィットリオ・デ・シーカ
映画脚本: ヴィットリオ・デ・シーカ、 チェーザレ・ザヴァッティーニ、 アドルフォ・フランチ
音楽: アレッサンドロ・チコニーニ

 失業中のアントニオがやっとありつけた役場の仕事は「自転車」がなければ他の者に譲る言われる。やむなくシーツを質入れし、なんとか自転車を準備する。
 しかし、仕事の初日、その大切な自転車が盗まれてしまう。アントニオはすぐに警察に届けるが相手にされず、6歳の息子ブルーノを連れて自転車を探し歩くことに…

 貧しさが切ない。
 貧しい映画は小さい頃ずいぶん観た。イタリア映画が好きだったのはその貧しさと自分の環境に共通点があったからで、私のイタリア映画のイメージはつい最近まで貧しさだった。
 久しぶりに切ないぐらいの貧しさをテーマにした映画を観た。
 特にラスト、アントニオは自転車泥棒をしてしまい、子供を連れていることから許されるのだが、息子のブルーノに情けない姿を見せたアントニオは思わず泣いてしまう。このシーンは切なすぎる。

 ブルーノ役の子役が上手い。(因みに鉄道員の子役が一番好きだ。)
イタリア映画の子役はどうしてこんなに上手いのだろう。泣かせる演技を自然にしてみせる。
 このブルーノの存在が逆にアントニオの惨めさを際立たせている気がする。
雨の中自転車を探すシーンもブルーノが一緒に濡れているだけに切ない。
 ブルーノを川の側に待たせ、アントニオだけ自転車泥棒を探すシーンがあるが、遠くから子供が川で溺れたと声があがる。アントニオはブルーノではないか気が気でない。すぐに現場に駆けつける。幸い溺れたのはブルーノではなかった。ほっとして川岸から道路を見上げるとブルーノが座っている。この時の父の安堵感とブルーノを愛おしく思う気持ちがすごく上手く描かれている。
 この気持ちが、アントニオにもう自転車探しはいい、息子に馳走でも食べさせようとはいう気持ちにさせる。この気持ちの変化もすごく上手い。アントニオが吹っ切れたように笑う。慣れないレストランランで食事をする父と子の前で裕福な家族が食事している。この比較もまた切なく感じさせる。

 イタリア映画人気投票をネットみると、この自転車泥棒が3位になっていて驚いた。
こんな貧しさを扱った映画が何故これだけ人気があるのだろう。
 父と子の絆か、貧しさの切なさか、何故か心に強く刺さるものがあるのだろう。


 2023.07.18視聴335
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