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愛の奇跡/ア・チャイルド・イズ・ウェイティングのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.7
 車の後部座席に座った少年は、不安そうな眼差しでうつ向いているが、やがて外から気を引くようなおもちゃが出て来て、思わず目をやる。車は母の子宮のメタファーであり、そこから少年が外に出ると、車は急スピードで走り去る。いったい何人の子供たちが同じような光景を繰り返してきただろうか?大人たちは慣れた手つきで子供たちを連れ出し、知的障害児施設「クローソン訓練学校」へ迎え入れるのだ。そこへジュリアード音楽院出身のジーン(ジュディ・ガーランド)が赴任してくる。美しい中年女性の登場を、子供たちは好奇の目で見つめ、彼女の周りはすぐに人だかりが出来るのだが、そこで少し離れたところからゆっくりと近付いて来る少年に目が留まる。自分の名前を連呼するその少年はどこか寂しそうな目つきで彼女を見つめる。その目に宿る哀しみが彼女には他人事ではなく、その日からずっとルーベンの存在が頭から離れなくなる。

 ジョン・カサヴェテスの3作目となる今作は、両親の愛を失った少年の哀しみが滲む。そのどうしようもない悲哀はフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』を彷彿とさせるが、あちらの方が今作よりも4年早い。現代においては発達障害に分類される症状も1963年当時はあまり研究が進まず、軽度重度の分類はあっても、ADHDや学習障害、自閉症スペクトラム障害などの細かい分類はなかった。見た目でわかるのはダウン症のみで、ルーベンのような少年は軽度と診断され、そこに明確な治療法はなかった。ジーンは当初、クラーク博士(バート・ランカスター)の子供への厳しい接し方に触れ、その教育方針に疑問を持つ。始まりが疑問で入ったからこそ、博士への疑義が拭えない。カサヴェテスは人生の落伍者たちの葛藤に触れながら、回想場面でルーベンの母親(ジーナ・ローランズ)と父親の自分たちの子供が知的障害者だとわかった挫折を丹念に浮き彫りにする。

 毎週訪れる水曜日の面会日、ルーベン少年は幸せだった頃の両親の姿を夢想するが、その姿はどこにもない。2年間104週間、指折り数えて待ち続けたであろう幸せな瞬間は遂に訪れず、少年はジーンの姿に、母親の姿を重ね合わせる。少年はジーンの同情を買おうとするし、他の子に彼女の目が向いた時は強い嫉妬を示す。今作で初めて夫の作品に出演したジーナ・ローランズは、エリートでありながら息子を切り離す冷徹な母親を演じている。しかしカサヴェテスの演出は彼女をその裏で、アンビバレントな感情で搔き乱そうとする。既に今作において複雑な感情を同時に求めるかのようなカサヴェテスの演出は冴え渡り、彼女は今の家庭とルーベンの存在とで烈しく引き裂かれる。最終編集権は剥奪され、プロデューサーであるスタンリー・クレイマーにより社会派のレッテルを貼られた本作だが、発達障害の子供たちの学芸会の場面はわざとらしい演出がほとんどなく、優れたドキュメンタリーであるかのように自然にカメラが向かい、切り取られる。挑発的なタイトルバックに滲むインディペンデントな強い意志は、その後のカサヴェテス作品の躍動の萌芽が見える。
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