Inagaquilala

忍ぶ川のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

忍ぶ川(1972年製作の映画)
4.0
新文芸坐の熊井啓監督作品の連続上映週間で観賞。二本立てのもう一本は「朝やけの詩」(1973年)、どちらの作品も主演女優の素晴らしい演技が話題となった作品だ。こちらは1972年の作品で、冒頭には東宝創立50周年記念という断りも入る。

この時代にはそろそろ珍しくなってきたモノクロ・スタンダードの画面、これがまたこの恋愛譚をしっとりとした雰囲気で美しく包んでいる。とくにラストのふたりで雪を眺めるシーンはモノクロゆえのミステリアスな雰囲気に包まれた素晴らしいシーンだ。

主演は栗原小巻と加藤剛。いずれも印象的な面立ちを持つこのふたりの存在感が、作品のなかでも圧倒的だ。他の登場人物の存在がほとんど心に残らないくらいの完璧な演技を展開している。いわゆる文芸作品でこれだけ役者感を出しているのは、この作品が俳優座の協力のもとにつくられたからかもしれない。

熊井監督は当初主演女優を吉永小百合を想定しいて、実際その線で企画も進んでいたらしいのだが、やはり雪国での初夜のシーンがネックとなったのか、残念ながら出演するには至らなかった。代わって主演した栗原小巻は、この作品で強烈なイメージを人々に植え付け、彼女の代表作となった。

原作は芥川賞を受賞した三浦哲郎の自伝的小説。お互いに暗い過去を持つ男女が惹かれあい、愛を深めていく過程は、恋愛映画の王道をいく。逆に、もしも吉永小百合が主演していたら、こんなにも情感たっぷりの作品にはならなかったからかもしれない。それほどにこの作品における栗原小巻のうるんだ瞳の演技は素晴らしい。

役者の演技が圧倒的な存在感を放っていた時代の終焉に位置する作品。それを引き出すのも監督の手腕に間違いないのだが、とくに熊井啓監督はそれに優れているように思える。彼が社会派監督として培ってきた人間を描く「技」が、この典型的な恋愛作品のなかでも見事に光り輝いている。
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