マヒロ

エル・スールのマヒロのレビュー・感想・評価

エル・スール(1982年製作の映画)
5.0
早朝、母が父の名を呼ぶ声で目を覚ます少女エストレリャ。彼女は父の大事にしていた振り子が枕元に置き去りにされていることに気づき、徐々に朝日が差し込む部屋の中で父がもう帰ってこないことを悟り、涙を流す。
この非常にゆったりとした一連のシーンの雰囲気だけで、既に傑作を確信してしまった。『ミツバチのささやき』でも徹底されていた画面作りの美しさには更に磨きがかかっていて、塗りつぶしたような黒色の影と光のコントラストや、主な舞台となる「かもめの家」の美しくも退廃的な雰囲気は、どこを切り取っても絵になるような素晴らしさは、自分の中ではベルトルッチの『暗殺の森』に匹敵する。

物語は、いなくなった父を想うエストレリャの回想という形で進んでいくんだけど、時代が進むに従って変化していく娘の父に対する目線がなんとも泣けてくる。
幼少期のエストレリャにとっての父は、いつも一緒にいる母とはどこか違うミステリアスな雰囲気をもっていて、ある種崇拝の対象にまでなるような存在ですらあったのに、ある父の"秘密"を知ってしまってから、父といえど一人の人間であり男である…ということを知ってしまう。親との関係なんて遅かれ早かれそうなるもんだとは思うけど、思春期になるに従って父との関係がどんどんぎこちなっていく様は物悲しい(なぜか昔から父ポジションの人に感情移入してしまう節がある)。ラスト、ホテルのレストランで交わされる会話は、娘の心から父が離れていっているのを明確に感じさせて、胸が苦しくてしょうがなかった。

映画はある程度想像の余地を残したまま終わるんだけど、実は後半部分の話はバッサリカットされた状態らしく(1/3とも半分とも)、その部分の話も観てみたい…という気もしないでもない。まぁ、この神秘性も一番の魅力だし、あえてカットしたのも英断かもしれない。

(2016.27)
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