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トラック29のSPNminacoのレビュー・感想・評価

トラック29(1987年製作の映画)
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パラノイアな妄想世界が平行世界となって、それをサバービアの白昼夢に展開するのがニコラス・ローグらしい。無関心な夫との生活に疲れた主婦リンダ(テレサ・ラッセル)の心の空洞と、母を捜しに英国から来た青年マーティン(ゲイリー・オールドマン)の空洞。十代で望まぬ妊娠をした女、生まれてすぐ母と引き離された子供。母と子の間にはぽっかりと欠落した穴があり、そこに囚われたまま大人になることができずにいる。2人が「再会」したプールは、生まれ直し再生する分岐点だろう。
常に薄紫色の衣装を着て人形に囲まれた寝室で夫をパパと呼ぶリンダ、幼児として甘えるマーティンが不気味なほどいびつだが、鉄道模型に夢中な夫(クリストファー・ロイド)もかなり幼児的で、小さな箱庭で有害な男らしさを撒き散らす様は狂気だ(そして彼も失われたイノセントに強い執着がある)。しかも、マーティンはリンダをレイプした男とも重なり、その男はマーティンをヒッチハイクで拾った運転手でもあり、その大型トレイラーは列車と重なり…もう一つの世界、ジオラマ世界に存在する深層心理やトラウマのメタファー。目玉焼きは両面か片面か、誰が、誰を呼んでいるのか。或いは呼んでくれなかったのか。深い穴の中を探索する鍵となっていく。
子が母に歌う子守唄、破壊されるジオラマ。列車が血を流し、トラックが箱庭を粉砕する。それこそがセラピーだ。カウチでの告白を経て、リンダはすべきことを知る。イノセントを破壊して奪ったモノにイノセントな子供が報復する。箱庭を後にする彼女はもう薄紫色でない、大人の姿である。
冒頭、橋のたもとで親指を立て身動きしない後ろ姿と、そこに来て引き返す犬のショットから、ただならぬ空洞が広がっていた。あの犬の芝居もすごいな。バルテュスらしき絵とか点けっ放しのTVで流れる『恐怖の岬』とか、背景にも象徴的なモチーフが多くて、さすがニコラス・ローグはシュールレアリズム的なビジュアルの怖さと破壊力が強烈だ。女性の受難という点で『マリリンとアインシュタイン』と似たところがあるけれど(その描写が執拗な気もするけれど)、ここでは同じ女性の親友が(意外にも)大事な役割を担うことになっていたのが救い。「覚えておいて」と言う時のリンダはそれをよく知っている。
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