桃子

彼岸花の桃子のレビュー・感想・評価

彼岸花(1958年製作の映画)
4.3
「ザ・昭和」

小津安二郎監督の初カラー作品である。ドイツのアグフア社製のフィルムを選んだ理由が、「赤がきれいだったから」というもの。映画をよく見ると、どのシーンにも必ず赤いものが写っている。茶の間の赤いやかん、向いの家の物干しざおに干してある赤いセーター、病室に置いてある赤いポットや赤い薔薇… 赤好きの私にはもうたまらない映画だった。赤万歳!
小津作品をよく見ているわけではないので、「小津さんの映画はどれを見てもみんな同じ感じ」というのはわからない。ずいぶん前に「東京物語」を見たことがあったかなあ、くらいのものだ。ロウアングルで、出演俳優さんたちは決まっていて、台詞も厳格にきっちりと決まっていてアドリブは厳禁、演技も監督の言うとおりにやらないといけない。そうやって映画を撮り続けた人である。ある意味、様式美の映画と言えるだろう。
山本富士子に有馬稲子に久我良子に田中絹代。昭和の有名女優が勢ぞろいしているのも魅力的である。どうしても注目してしまうのが、彼女たちのファッションだ。洋装も和装も全部いい。今持っていても違和感のない素敵なハンドバッグをさげていたりして、かなりおしゃれ!画面に必ず出てくる赤の中には、当然彼女たちの赤い紅を塗った唇もある。真紅ではなく、朱色がかった赤。やかんもセーターも、みんなこの朱色がかった赤だった。小津監督が選んだ赤なのだろう。素敵だなあと思った。
物語は、コメディに近いのかなという印象である。他人の家の未婚のお嬢さんには「早くいい人をみつけて結婚しなさい。本人が幸せならそれでいいんだよ」みたいなことを言うくせに、いざ自分の娘のことになると、娘が自分で見つけてきた男が気に入らなくて文句を言う。自分の知らないところでさっさと男と付き合って結婚も決めてしまったのがとにかく気に食わない。暴君ぶりを炸裂させるザ・昭和のお父さんである。もしもこんな人が自分の父親だったら間違いなく家出するなあ、のレベル。佐分利伸がいい味で演じている。
奥さん役が田中絹代である。夫が帰宅して背広を脱ぎ散らかすのを片付け、丹前を着せかける。かいがいしく夫の世話をする姿は、まさに妻の鑑という感じである。そう言えば、私が子供のころ、まさにこういう光景を見た気がする。冬の寒い時、父親の丹前の懐に入れてもらって温かかったのもかすかに覚えている(今の若い人は、丹前、なんて言われても何のことかわからないかも…)。父は必ず煙草の臭いがした。当時の男性は必ずと言っていいほど煙草を吸っていたものだ。
娘の彼氏を演じているのが佐田啓二。中井貴一と中井貴恵のお父さんである。37歳で事故死してしまった。映画俳優という職業は得かも知れない。生前の姿が美しく残されているのだから…
ところで、有名女優4人はもうみんな故人なのかと思っていたが、田中絹代以外の3人はご存命である。びっくりした。山本富士子と有馬稲子は88歳、久我良子は89歳である。引退した方もいるけれど、有馬稲子は現役のようで、去年、前田敦子主演の映画に出ているらしい。前田敦子は見たくないけど有馬稲子は見てみたい。
映画は松竹大船撮影所で撮られた。大船は近所である。もう撮影所はなくなっているけれど、かつてこの近所で作られたのかと思うと、なにやら親近感も湧いてくる。
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