Koshii

殺人の追憶のKoshiiのレビュー・感想・評価

殺人の追憶(2003年製作の映画)
3.9
この映画を今観ることに重要な意味があるような、そして、その奇妙な偶然に脳内を掻き乱されるような作品だった。


1986年より1991年の間に起こった連続殺人事件。10人もの女性が残忍な手段を持って殺害された。その当時、3000人あまりの容疑者を取り調べ、動員された警察官は180万人を超えた。犯人はつかまっておらず、韓国の三大未解決事件として広く知られている。

本作品のメガホンを執ったのは、『パラサイト 半地下の家族』の監督であるポン・ジュノであり、この『殺人の追憶』は彼の衝撃的な出世作となった。

当時の告知映像には、真っ黒の背景に白抜きの文字でこんな締め文句が浮き上がる。

「おまえはいまどこにいる?」

ショッキングな事件を映画作品として再構築し娯楽性を持たせた、ポン監督の腕が光る至極のリアル・サスペンスである。


以下、ネタバレや感想を含みます。









本作は、韓国中を震撼させた連続強姦殺人犯と3人の刑事を軸に据えたサスペンスとなっている。
刑事らは犯人を追い詰めようと、犯人像に迫っていくのだが、それを弄ぶようにして犯行が繰り返されていく。そして気付けば、追い詰められていたのは犯人ではなく、刑事の方であった。

地元の刑事らはその卑劣な事件の犯人を挙げるべく捜査を進めるのだか、その内容は酷く、証拠の捏造や拷問紛いの取り調べ、自白の強要といった、およそ刑事の仕事とは言い難い杜撰なものばかりであった。そんな中、ソウルより応援に駆けつけたソ刑事の光る手腕によって、着実に真相解明へと近づいて行くのであった。


そんな中でも、ソ刑事の「書類は嘘をつかない。」というセリフが印象的だった。書類に目を通した彼は、事実だけを結びつけ、あくまでも客観的に状況を判断し、冷静で居続けた。

それでもなお検討外れの捜査を続けるパク刑事とチョ刑事であったが、ソ刑事と共に行動するうちに「警察としての正義感」が伝染していく。

感情に任せ、足に頼っていたパク刑事が、事件の冷徹さを実感した時、ソ刑事に「こんな事件ソウルでもあるのか」と聞く。ソ刑事は「全くない」と答える。この二人の会話が、改めて事件の惨さであったり、揺れる刑事の心情を如実に表しているようで、彼らの心が冷たくも通った瞬間であった。


また本作は、刑事らの感情の移り変わりを丁寧に描写し、犯人の罪の重さを浮き彫りにしていく。最もそれが感じられた場面が、ソ刑事が犯人であろう人物を追い詰めるシーンだ。DNA鑑定さえ終われば、逃れようがないと信じていた彼は、その鑑定書の内容を疑ってしまう。そして、彼は落とした拳銃をそっと拾い上げる。「書類は嘘をつかない」という彼が信じてきた理念さえも投げ出したくなるほど、感情的になってしまったのである。

二人の刑事のやるせなさと、拳銃の悲痛な叫びが雨の中響いていたシーンが印象的であった。


と、ここまでは映画内だけの感想なのだが、本題はここからである。

本レビューの冒頭で記した奇妙な偶然というものについて述べたい。それはまさに『盤外からのどんでん返し』であった。製作された2003年の時点では犯人は特定されておらず、事件発生から30年もの間未解決事件として扱われていたのだが、2019年9月にこの事件は進展を迎えた。DNA鑑定によって別事件で服役中の男「イ・チュンジェ」が犯人であることが判明したのだ。

そして驚くことに、その「イ・チュンジェ」と本作で有力容疑者として描かれた「パク・ヒョンギュ」のキャラクターは酷似していた。出身地、顔の目鼻立ち、事件が起こる直前に軍を除隊していたこと。
はたして「殺人の追憶」は犯人像に迫っていたのである。

この奇妙な偶然については、「イ・チュンジェ」の写真を見たポン監督も「非常に奇妙な感じがした。」と語っている。

さらに、「イ・チュンジェ」はこの事件について「なぜ自分が捕まらなかったのか不思議」と話しており、当時の杜撰な捜査が悔やまれる一方で、犯人に対して強烈な憤りを感じる。


かくして、2019年9月以降この作品が与える衝撃は、劇中だけではなく、外部からの重たい二撃目が用意されることとなったのだ。
Koshii

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