YasujiOshiba

ニッケルオデオンのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

ニッケルオデオン(1976年製作の映画)
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DVD(Kadokawa/ 2018年発売)にて鑑賞。じつは近々イタリアの初期映画のことを「映画の夜明け」というタイトルで話すことになっていて、映画の起源のことをいろいろ探っていたのだけど、ふとこの映画のことを思い出して、DVDを取り寄せたというわけ。

タイトルは知っていた。大こけした作品だということもわかっていて、そういうこともあって、なかなかみる気にならなかったのだけど、「ニッケルオデオン」という言葉がずっと頭に残っていたのだ。だから、今は亡き加藤幹郎の『映画館と観客の文化史』(中公新書)を読みながら、あ、これは見なくちゃならないと思ったわけ。

なにしろ加藤さんの本には、サイレント映画がアメリカで人気を得るようになるときに次々と建てられたのが、簡易型の常設映画館に「ニッケルオデオン」だと記されているのだ。ニッケル硬貨一枚(5シリング)で映画を楽しめたことからニッケル・オデオン。オデオンはギリシャ語の劇場のこと。しかも、簡易形だから、衛生状態も悪く、映画の上映の合間には、劇場内に集毒液が巻かれる有様。「下水のような匂いがするな」というバート・レイノルズのセリフは、そういうことなのだ。

しかも、ニッケルオデオンの客は、加藤さんの記すところでは、20世紀の初頭に大量に流入してきた移民労働者たちなどで、なかには英語もろくに話せないものが多かったらしいのだ。なるほど、だから、映画に登場した俳優たちの姿を劇場で見かけた時、もう少し後のスター・システムが確立したころの行儀のよい観客ならサインを求める程度のところが、とんでもないことになる。なんと、彼らの衣服や帽子を引きちぎって、持ち帰ろうとするのだ。いははや、実に面白いのだけど、加藤さんの時代状況の解説を読んで、なるほどそうだったのかと膝を打ってしまった。

まあだから、逆に言えば、解説がなければわならないような設定が多々出てくるということでもあって、だからヒットしなかったのかとも思うのだけど、それはそれ。映画が自らの起源を振り返るという仕草は、今の僕のように、そういう時代を振り返ってみようかなと思うものには、大いに参考になる。

このころの映画と観客の姿を捉えたものには、たとえばマルコ・フェッレーリの遺作『Nitrato d'argento (硝酸銀)』(1996)などがあるけれど、ぼくはまだ一部しか見てなくて、DVDをクリックしたところ。あと気がついたものとしては、エットレ・スコラの『スプレンドール』(1989)が移動映画館のころの思い出を冒頭に持ってきているし、トルナトーレの『シチリア!シチリア!』(2009)がサイレント映画の上映風景を再現してみせくれている。

そんなイタリア映画に比べると、ボクダノヴィッチのこの作品は、なんだろう、より当時のサイレントの雰囲気を作品そのものに再現しようとしている。だから体を張ったドタバタが多いし、ほんとうなら白黒で撮りたかったというし、じっさい白黒のヴァージョンもDVDになっているらしい。

備忘のために記しておくと、ランカスターとオニールで取り合いになるキャサリン・クックは、最初はシヴィル・シェパードを想定していたらしいけど、ボクダノヴィッチとの不倫騒動によってダメになり、シェパードの紹介でジェーン・ヒッチコックが演じることになったようだ。

そのジェーンがなんとも見事なヒロインぶりなのだけど、彼女の映画に出たのはほとんどこれだけ。人気のモデルさんだったらしいけど、映画には出る気がなくて、出て見事な演技をしてみせてくれているけれど、作品は大ゴケで、すっかりやる気をなくしてしまったらしい。すごく残念。ほんとにかわいらしくて素敵なんだけどね。

あと、グリフィスの『国民の創造』(2015)が登場するシーンは、歴史的にはその通りなんだけど、ポリコレ的にはどうなんだろうなという演出。留保あるのだけれど、ちょっと首を傾げたくなってしまうのは、きっとスパイク・リーの『ブラック・クランズマン』 (2018年)を見たからだ。こうなってくると、いつまでもグリフィスの伝説の映画を未見のままにしておけなくなってきたな。

なにしろ、大傑作を撮ったと自負するグリフィスの鼻をへし折ったのは、イタリア映画の『カビリア』であり、イタリア史劇に負けるかとばかりに挑んだのが『イントレランス』(1916)だったという話は、それこそタヴィアーニ兄弟の『グッドモーニング・バビロン』(1987)なんだけど、まあそれはそれ。

あとひとつだけ、ぼく、ステラ・スティーブンスが大好きなんですよ。『ケーブル・ホーグ』に『ポセイドン・アドベンチャー』ね。『マニトウ』の脇役もよかったよね。なんだろ、ほっとする色気があるんだよね。
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