シャチ状球体

卒業のシャチ状球体のレビュー・感想・評価

卒業(1967年製作の映画)
5.0
輝かしい学業の経歴、周囲の誰もが期待する自分の将来……。アイデンティティを見失うには十分な環境である。不自由のない暮らしをさせてくれる家に生まれ、エスカレーター式に肩書を得ていく。その構造に反抗することで、ベンは自分とは何かということを見つけようとする。

"肩書が外れたベン"は、家族を除いた全ての人間に拒絶される。超危険運転、エレインへの執着……。要するに、彼は自分が嫌いなのだ。自分の経歴が、境遇が、中身のない空疎な自分と言う名の空洞が、本当に憎くてたまらない。だから、ラストシーンの彼は無理やり笑っている。"何か自分の心を満たしてくれそうなもの"を手に入れる"という目的を達成して生きる意味を失った彼は、意図的に口角を上げている。そして、隣に座るエレインも……。結局、"彼の過去"は無駄だったのである。

この映画で最も素晴らしいショットは、エレインの部屋から閉め出されたベンに対して夫人が別れの言葉を告げる場面。夫人が言い終わると同時にカメラが徐々に引いていき、廊下の片隅にポツンと佇む夫人とベンの後ろ頭が同時に映った瞬間に画面がフェードアウトする。
二人の関係が"終わった"ことが痛いほど伝わってくる。縮まっていた距離感が元の遠さに戻っていく様をカメラワークだけで表現している名演出だ。
夫人はベンにとって、与えられるものの象徴だろう。自分の意思に反して与えられたものは、他者の評価軸に委ねられる。地位、名声、肩書。それらはアイデンティティとは何ら関係のない文字や記号、虚像に過ぎない。それに対して、自らが勝ち取ることのできる何かを探そうとしたら、自分自身(エレイン)を見つけてしまった……という物語である。
シャチ状球体

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