【そして誰もいなくなった映画館】
特集上映『オタール・イオセリアーニ映画祭』にて。
作中、映画は90分に収めるべき…という話が出てくるが、126分という本作も、そうなっていれば満足度がもっと、上がったと思う。
目が覚めるように明晰な撮影で、通俗に落ちるショットが殆どなく眼はウレシイ。ジョージアらしさ?は興味深いし、人物が何かつーと喧嘩でケリつけたがるのも笑える。
が、物語としては人んちのコトばかりだし、自分にはどうでもいいな…と思ってしまう時間が増えてきて、飽きてくる…終盤付近まで。
ジョージアで生まれ育った、イオセリアーニ監督の自伝風物語だが、本人の発言からだと彼のみにあらず、様々な映画人の体験を混ぜたものらしい。
母国で自由な映画が撮れず、渡ったフランスでもまた…なお悩み日記と、ブーメランな旅。
原題『Chantrapas』は“役立たず”や“除外された人”という意味らしい。監督的には、後者の意味付けをより意識して、体制下で苦労した、他の映画人たちへの思いも込めたようだ。
しかし主人公を見ていると、除外され力より役立たず力の方が強く、端的にいえば我儘なヤツ。が、私が面白かったのは、“役立たず”とはズバリ、映画を指しているなと感じたこと。
つくられる映画の中身をイメージさせないコトも狙いかなと。で、みごと当たったなーと。
この映画では、映画に関わっても、誰も幸福にならない。最近目立つ、“映画愛”とやらを盲信するコトとは一線を画しており、その矜持にたいへん、好感を持てました。
パリで、主人公の映画を初上映したらどひゃーな場面!…私はここが物語の沸点で、実は一番、言いたかったのか?とさえ思った。そしてここから、一気におもしろくなった!
結局、作中での映画制作活動はあーなりますが…別にいいじゃん!というおおらかさで締めるのがすっごく、いい!
でも…あの黒いシンボルが、主人公の理想か現実逃避かはわかりませんが、マジックリアリズムな手捌きで近づいて、彼方へと誘う…。
…やっぱり、追いかけたいんですね。最後の人物配置含め、余韻の沁み方が見事でした。
惜しかったなあ。前半ダレなきゃ、忘れられない一本となったかもしれないのに。
ピエール・エテックスが素手で披露する、ある“フィルム技”に驚愕しました!現代で、あんなコトできる人は、まだ残っているでしょうか?
<2023.3.9記>