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この広い空のどこかにの教授のレビュー・感想・評価

この広い空のどこかに(1954年製作の映画)
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1954年の日本映画の豊かさ。テーマ主義に陥ることなくテーマを多層的に描く脚本と、その役柄を掘り下げる俳優たちの巧みさ。
「ホームドラマ」という形式をドライに演出するという作劇のクールさに驚く。

主人公となる若い夫婦。
良一(佐田啓二)とひろ子(久我美子)が担う戦中戦後を跨いだ若い世代。
さらにその前の時代を知る姑しげ(浦辺粂子)と「戦争」の影を体現する妹の泰子(高峰秀子)と、更にリベラルな若い世代の末弟の登(石濱朗)。

現代とは抱える問題が異なれど、本作では「家族」の閉塞感は描写される。
実は近年特に注視される「女性」の立場について、本作は既に斬り込んでもいる。

「恋愛結婚」という「価値観」ですら、近所でひとつの議論の的になり。
家族の姿や振る舞いや、生活について「ご近所様」も家族内でも詮索するのが当たり前の時代。
本作ではその人々の暮らし向きは近年捏造される「古き良き郷愁の昭和」ではなく息苦しい。

家族の中の唯一の「他人」としての妻という立場を、ひろ子の内面を通して本作は冷静に描写していく。
一方で、気が利くし、優しく誠実で実直な良一も切り盛りする酒屋でのひろ子の仕事ぶりには辛辣で、さりげなく「家父長制」の感じ悪さも表現されていて隙がない。

「意図的」と解釈できるのは、作劇と演出がほぼ交互に「家族」の持つ温もりの部分と冷淡な部分が描かれる点。
そして、戦争や人間関係によって疲弊し、傷つき拗らせて行く様は泰子などのキャラクターから浮かび上がってくるし、登の友人関係などのエピソードから、世代間の断絶も少なからず表現される。

「ホームドラマ」としての奥行き、立体感がエピソードと演出によって一体化し「悲喜交々」として両論併記的に描写される。
それによって、終わりの来ることのない「日常」を正確に描き出していて、スリリングで楽しかった。
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