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浮き雲のkojikojiのレビュー・感想・評価

浮き雲(1996年製作の映画)
3.8
No.1647 1996年フィンランド映画
監督:アキ・カウリスマキ

 Filmarksをやっていたら、必ず目につくカウリスマキ監督作品。このFilmarksの世界では相当人気が高い気がする。
 普通に映画好きと言ってる人も、映画館通いだけで、この監督にめぐり会えるのだろうか?少なくとも、私の周りの映画好きに聞いてもおそらくカウリスマキ監督は知らないだろう。

 観客に媚びない、面白さに媚びない。突き放したような演出で、独特の世界を見せてくれる。
、と書いてはみたが、しっかり面白さは見せてくれるから、媚びてないことはないのかもしれない。でも、そんな感じがする。

 こんな印象を強くするのは、監督作品の看板娘(娘の感じじゃない。おばさん)のカティ・オウティネンの存在だ。
 この監督作品は面白いからと、友人に勧められて観に行った人も、このカティ・オウティネンが主役と聞いたらびっくりするだろう。
 そこいらにいるおばさんが仏頂面で演技する。これこそ全く観客に媚びない。喋らない、笑わない。笑わせない。愛想もこそもない。
でも映画の中の主人公はいつも懸命に生きている。
 その魅力を知るのに、少なくとも1ヶ月は通ってみなければならないだろう。
どこに?
もちろん彼女が待っているこのレストラン"ワーク"に。

 名店だったレストラン“ドゥブロヴニク”で給仕長を勤めるイロナ(カティ・オウティネン)には、市電の運転士の夫ラウリ(カリ・ヴァーナネン)がいる。二人の幸せそうな日常から映画は始まるが、突然不況の波が彼等に遅いかかる。
 レストランは潰れ、夫はリストラされて、二人は無職になる。懸命に職を探す二人だったが、職は見つからない。次第に貧しさの生活に追われていく姿は、身につまされる。
 くさる夫を横目に懸命に生活を立て直そうとするイロナの姿は何故か力強い。
この姿に、私は初めてカティ・オウティネンの魅力がわかった気がした。
 辛く貧しい生活を、これでもかと見せられる。どこまでもついていない。これでもか、これでもかと不況を見せられる。社会は冷たい。彼等はどんどん追い詰められていく。
しかし、一生懸命に生きる二人には、必ずチャンスがやってくる。そう信じないと生きていけない。

 この映画、その先に何とも言えないほんわかした幸せを味わせてくれる。それはこの夫婦が浮き雲を眺めているジャケ写のような気分だ。
眺めているかどうか、勝手な想像だけど。
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