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浮き雲のkitoのレビュー・感想・評価

浮き雲(1996年製作の映画)
4.4
久しぶりにアキ・カウリスマキ作品を堪能した。

つくづく不思議な監督だと思う。本作のストーリーは至って単純。恐らく子供を亡くしたのだろう中年夫婦が不況下で失職し、再就職を図るがことごとく裏目に出るというお話。例によって、その語り口がとにかくユニークで目が離せなくなる。

本作に限らないが、登場人物が皆、クールで感情が面に出ない。主人公夫婦の会話ですら、そろってアングル外の何かを見ながら話しているシーンが多い。詳しくないのだけれど、これって舞台調なのだろうか。短い区切りでシーンの変わり目が暗転するのも舞台劇っぽい感じがする。

欧州、特に北欧は個人主義的でパーソナル・スペースに厳しい。コロナ・パンデミック下、日本ではソーシャル・ディスタンスが声高く叫ばれたが、フィンランドの行列などはパンデミックのビフォア、アフターで何も変わらないくらいもとからパーソナル・スペースを開けていたそうだ。まあ、同監督のユニークすぎる作品世界はさすがにリアルではないと思うけど。

北欧は4カ国でまとめられることが多く、確かに近現代、政治的にはそうなのだけど、言語的にはフィンランド語だけが他の3カ国とは異なり東方寄りの語族。文化的にもそれは現れていて、同監督の諸作品に観るフィンランドの様子はロシアっぽい。しかも時代が遅れている。本作も1996年作だけど70、80年代っぽいレトロ感が濃く、北欧の先進的でおしゃれな雰囲気はほとんど感じられない。

オープニングのシークエンスからチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のドラマチックなメロディーが流れ、その後もたびたびこの曲が挿入される。チャイコフスキーの代表作だが、初演のわずか9日後にチャイコフスキーが亡くなるというエピソードが伴う。そんな曲が冒頭早々に流れるので、エンディングはいったいどうなるのかハラハラしながら観ることになった。

初期の「マッチ工場の少女」では冒頭早々この曲がラジオから流れるものの、主人公にチャンネルを替えられるシーンがあって、本作は何かしらのアンサーなんだろうか。

北欧はアルコール依存症とうつ病が多く、自殺率が高い。幸福度ランキングでは常に上位にあるけれど、光があれば当然、影もある。

この夫婦、夫くんはなかなかのダメンズっぷりで、かたや妻さんはすごく良妻。夫くんも悪人ではないけれど、無計画にローンを組んだり、変にプライドが高く、博才も皆無なのに突っ走る。そんな夫だけど妻は愛想も尽かさず、複数持つ資格で何とか職を探そうと苦労しているうちに起死回生がーーそんなフィンランド版 "夫婦善哉" のようなお話、とても美味しゅう頂きました。
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