ヒトラーが独裁政権を築いた1930年代のドイツ。大学教授のジョンは、病に伏す母親を介護し、自分の家庭では家事をこなす献身的な人。ある日、自分の執筆した小説がヒトラーの目に止まり、ナチスへの入党を勧められる。かねてから出世には入党が条件であり、身を危険にさらしてまで断固拒否する意思もなかった。ただ気掛かりなのは、過去に戦争を戦い抜いた友人でユダヤ人のモーリスのことだった…。
原題の「GOOD」とはなんと皮肉なものか。邦題はそれを少しマイルドにしたような「善き人」。
この“善き人”が、
素知らぬ顔で親友を裏切って、簡単に思想を覆したりするものか。
年老いて呆けた母親を遠くの施設に追いやるものか。
鬱状態にある妻を置いて教え子と不貞を働くものか。
自分の良いポジションだけを常に確保し、親友の頼み一つも聞けないものか。
と。そうミスリードし、「この人のどこが“善き人”なのか」と思わせるのが、この題名の重要な役割だったのでしょう。
この人は、善人でも悪人でもない。そもそもの定義も不明だが、私たちとなんら変わりはない普通の人。ちゃっかりしたズルいところもあって、何より臆病で勇気がなかった。
だから怒涛の流れの中を逆進することなど出来なかったんだ。
目まぐるしく変化し、悲鳴がどこかしこから聞こえてくる時分。一歩間違えれば、明日は我が身という状況下で「善き人であれ」などと誰が言えよう。それに彼は十分に罰を受けた。夢と現の狭間で幻覚を眺めながら…。
長く垂れたブロンドの前髪と、丸メガネ姿のヴィゴ・モーテンセンが終始、渋美しい。
ジョンのどっち付かずの浮遊感と、悪人の役も良い人の役もどちらもできる彼のバランスが良くマッチしていた。