ヨーク

青い山/本当らしくない本当の話のヨークのレビュー・感想・評価

4.1
ジョージア映画祭9本目。
いやこれは面白かったなー! 皮肉と風刺に満ちたコメディでディストピア感が最高でした。なんと1983年作らしいがソ連末期のぐだぐだ感はまさにこういう感じだったんだろうなぁと思ってしまう。そこらへんはきっとある程度は意図していたんだろうとは思うが本作の公開から10年も経たずにソビエト連邦が実際に崩壊したというのはさすがに予想だにしなかったのではないだろうか。そこら辺のことも含めて『青い山 - 本当らしくない本当の話』というタイトルはなんだかグッときてしまうものはあったな。
お話はぶっちゃけ大したものではないというか、一本の筋が大きく展開されるような物語ではなくそのシチュエーションにおける演出を楽しむというもので、一言で言うならばある作家が自作の書下ろし小説を出版社に持ち込むのだがそれを誰にも読んでもらえない、というそれだけの物語を描いた映画です。
何じゃそれ? と思われるかもしれないがこういう風に言うと誰にでも心当たりが出てくるのではないかと思うが、例えば役所に何らかの申請とかをしに行ったときに受付で「それでしたら〇番窓口へ」と案内されてそこへ行ったところ「その申請は○○課で申請書を貰えるので先にその申請書を書いてから来てください」と言われて○○課へ行くと「その申請書は××係での認可がないと発行できないんですよー」とか言われてしまうという、いわゆるたらい回しというやつであるが、本作は正にそれいうことに皮肉と風刺とユーモアを込めて描いた作品なんですよ。
映画の中心にある筋としては上記したようにとある作家が持ち込んだ「青い山-天山」というタイトルの原稿が編集会議を経て本になるのかどうか、というところなんだがその作業は遅々として進まずに「彼の新作はいいらしいね、○○さんが褒めてたよ」とか「そうなのか、俺も早く読みたいからコピーを回してくれ」とか「君へのコピー原稿は××さんが回すはずだ」のような、いやいいから作品を読めよ! と突っ込みたくなるような会話を繰り返すばかりで事態は一向に前に進まないのである、さらにその出版社が入っているビルは経年劣化しているようで壁にひび割れが出始めていて大きめの地震でも来たら崩れてしまうかもという状態なのが説明されて、元炭鉱夫の男がその原因を探ったりもするのだがその結果も一向に出てこない。出版社の社長兼編集長みたいな人も「有望な若手の原稿を読むのが私の仕事だよ」とか言いながら会合やらにばかり出席して実際に原稿に目を通したりはしない。そのくせ「あぁ君の新作良かったよ、今度の編集会議で推しておくよ」とか言う始末である。さらには杓子定規に仕事はこなすが柔軟な対応はできない秘書とか、全く中身のない会話をしながら仕事サボり続ける編集部の面々とか、果てはモトボールとかいうよく分からない貧者のポロみたいな架空のスポーツまで絡んできて自体は混沌を極めていきながらも、肝心の主人公の小説は誰にも読まれないのである。
その様子が群像劇的にひたすらオフビートな会話劇として何回やるんだよ!? と思ってしまうほどに繰り返す天丼芸で描かれるので、くっだんねぇ~と思いながらもヘラヘラ笑ってしまうし、どこまでも堂々巡りを繰り返す様は中盤以降は笑いも越えて怖くさえなってきてこの無意味な繰り返しは永遠に終わらないんじゃないだろうかと真顔にさえなってしまうところもあって、そこら辺はきっと監督の意図通りだと思うので非常によく出来た不条理な喜劇だと思いましたね。なんだろうな、設定とか序盤の展開だけなら三谷幸喜が得意とするような群像劇コメディの様相もあって実際にそういう楽しみ方もできると思うのだが、中盤以降はそこに得も言われぬ狂気が感じられてきて笑っちゃうのと同時に怖い作品なんですよ。
そこがとても興味深く、官僚的管理社会の戯画としては非常に優れているなと思いましたね。まぁとはいえ後半急にシリアスになるとかではなくて、ややネタバレかもしれないが最後まで登場人物は何でもない日常の中で生きているつもりなのが逆に怖く見えるっていう仕掛けなんですけど、これは感想文の最初に書いたように実際に当時のソ連の雰囲気がそうだったんだろうなぁと想像しちゃいますよ。いやソ連末期の生活を実際に知っているわけではないけど、当時何も分からないガキなりに外部からソ連の崩壊を眺めていた者としては「何もしてないのにパソコンが壊れた」みたいな印象を持っていたので本作の描いていることは凄く腑に落ちるように感じましたね。
笑っちゃうくらいバカバカしくてあっけない最後だったけど、それはあらゆる機能不全の上で起こったのだということは理解できる映画だったと思う。その皮肉たっぷりな描き方は笑っちゃうんだけど、これで笑えるのはまだマシな社会だということだろうかな…。実際にここまでシステムが形骸化されて機能不全になる社会を経験していたら本作を観ても笑えないだろうと思うので、これで笑えるのはまだ平和な証拠ではあるかもしれないですね…。
そういう映画なので物語としては何も起こらないどころか同じことの繰り返しのみで、人によっては気が狂ってしまう! となる映画かもしれないがかつてのソ連やクソみたいな役所の事務仕事なんかに思いを馳せながら観ると乾いた笑いとそのシステムが崩壊するときの怖さにひやひやしながら観られる名作でした。
まともな人間なら「いや1人くらい原稿読めよ!」と突っ込んでしまうこと必至なのだが、システムそのものがまともではなくなった社会というのは緩やかにだが確実にこのようになっていくのだと思いますね。こんなことあるわけねーだろ! って思っちゃうけど、それは“本当らしくない本当の話”なのです。実例ありだから参るよね。
面白かったです。
ヨーク

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