サマセット7

灼熱の魂のサマセット7のレビュー・感想・評価

灼熱の魂(2010年製作の映画)
4.3
監督は「ブレードランナー2049」「DUNE/デューン砂の惑星」のドゥニ・ヴィルヌーヴ。
主演は「モロッコ彼女たちの朝」「テルアビブオンファイア」のルブナ・アザバル。

[あらすじ]
双子の中東系カナダ人、ジャンヌとシモンは、ケベック州にて母を亡くす。
母、ナワル・マルワン(ルブナ・アザバル)は、2人に遺言を残していた。
ジャンヌへは、父に手紙を届けるようにと。
シモンへは、兄に手紙を届けるようにと。
それぞれが手紙を届けることが出来たら、初めて、双子への手紙を開封して欲しい、と。
自分たちに父や兄がいたと知らされていなかった2人は動揺するが、ジャンヌは、母の遺志を叶えるべく、母の中東の母国へ飛ぶ。
それは、カナダに亡命する前の、ナワルの凄まじい半生を知る旅となる…。

[情報]
近年「ブレードランナー2049」「DUNE/デューン砂の惑星」といったSF大作を手がけ、ハリウッドでも指折りの注目を集める監督ドゥニ・ヴィルヌーヴ。
今作は、同監督が2010年にカナダにて公開したフランス語映画である。
同時期、すでに前年公開の無差別銃撃事件を題材とする「静かなる叫び」で一部では高い評価を得ていたものの、メインストリームの監督と目されるより以前の作品。

原作は、レバノン出身でカナダに移住した作家ワジディ・ムアマッドの書いた戯曲「焼け焦げるたましい」。
同戯曲を、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督自身が映画用に脚色して映画脚本化した。

興行的に成功したとのデータは見当たらない。
アカデミー賞外国語映画部門ノミネート。
批評家、一般客共に、極めて高い評価を受けている。

ジャンルは、社会派ドラマ、ミステリー。
劇中で国名の明言こそされないものの、レバノンの内戦が人々にもたらした惨劇を克明に描く。
暴力描写や相当に陰惨な展開があるので、苦手な人は注意を要する。

[見どころ]
母親であるナワルは、子供たちに何を伝えたかったのか。
秘められたナワルの人生とはいかなるものか。
ナワルに関するミステリーが、物語を牽引する。
過去のナワル視点と、現在の双子の視点が交互に入れ替わり、予測不能な展開を見せて飽きさせない。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の、セリフではなく、映像で物語を紡ぐ演出。
内戦時の暴力、虐殺の目を覆いたくなる描写。
平和な日本では知ることのない、中東レバノンの悲惨な歴史を、当事者になったかのように目の当たりにする得難い感覚。
次々と明かされる、あまりに重い真実。
そして、心を揺さぶるメッセージ性。

[感想]
ドゥニ・ヴィルヌーヴの前作「静かなる叫び」同様、ゴリッゴリの社会派作品。
原作の戯曲は日本でも上演されたものらしいが、原作者の故郷がレバノンとあって、同国の内戦下の悲惨な状況を知らしめる点に、まずは主題があると思われる。

構成は巧みだ。
平和なカナダで育った双子の視点から物語が始まるため、観客も双子目線で没入できる。
双子は、フランス語(ケベック州なので)と英語のみ話し、現地の言葉はわからない。
出身地ではあるが、完全な異国である。
謎を解くための旅は、常に異国を歩く緊迫感な付き纏う。

過去として語られる母親の半生は、さながら地獄に次ぐ地獄。
恥ずかしながら、レバノン内戦の詳細、例えばキリスト教徒とイスラム教徒の間で、激しい弾圧と虐殺があったことは、知らなかった。
さらに、映像として観ることの衝撃。
我々の生きるこの星で、たしかにこの地獄が存在していたのだ、ということを、嫌と言うほど理解させられる。

セリフよりもまずは映像で物語を表現することに拘る、映像第一主義者のドゥニ・ヴィルヌーヴの作風は、今作でも貫かれている。
いくつか、映像のみで、雄弁で印象的なシーンが見られる。
この辺りは、最新作のデューンでも見られたこの監督の特質だろう。

ラストに至る展開は、特に衝撃的なもの。
とはいえ、真相そのものよりも、ナワルの子供たちへのメッセージこそが心に残る。

[テーマ考]
今作は、普通にニュースを見ているだけでは、知ることのない、レバノンの内戦の傷痕を描いた作品である。
本来、祝福されるべき出産が、社会の断絶と争いにより、忌むべき行為とされてしまう絶望。
宗派の違いだけで、峻別され虐殺される理不尽と悲惨。
人倫を踏み躙る、非人道的な扱いの数々。

今作は、これら全てを克明に描くが、特に「家族が生き別れになること」の悲惨さこそが、最大のテーマであり、メッセージであると思われる。
愛する者と共に生きられることの、何と幸福なことか。
そばにいてくれる人を、決して疎かにしてはならない。

それにしても、人に人を組織的に虐殺させるのは、一体何なのか。
宗教の違いは、単なる「差異」の区分法に過ぎないように思える。
今作は、教育や洗脳に原因の一つがあることを示唆する。
自分と異なるカテゴリーに属する相手を「敵」であり「悪」であると確信させること。
その裏には、「敵」の存在により得をする者や、「敵」に対する怒りや恐怖の感情があるように思える。

[まとめ]
レバノンの内戦の歴史を描き、あまりにも重いメッセージを突きつける、俊英監督による社会派ミステリーの秀作。
今作のレバノン、ボーダーラインのメキシコとの国境、デューンと、この監督の作品には、砂漠が頻出する。
ロケで撮ったであろう、砂漠の映像が、今作でもとても美しい。