いののん

人生はビギナーズのいののんのレビュー・感想・評価

人生はビギナーズ(2010年製作の映画)
5.0
村上春樹の小説(のいくつか)をとても愛してきたように、私はこの映画を愛していくと思う。そんな気がする。きわめて個人的な映画。


これは、暗闇に飲み込まれないように生きる人々の物語。暗闇に飲み込まれないようにと生くる人々の、ささやかな物語。いつもうまくいかなくて、だからどうしても、うまくいくとは思えなくて、うまくいかないようにしてしまう人たちの、物語。


一緒にいても私は、あなたの喪失感を埋めることができない。一緒にいても私は、あなたの孤独を癒やすことができない。私の横にいる愛する人が、自身の抱える喪失に苦しみ、孤独にふるえている。それなのに、何もできないこと。その苦しさ。いたたまれなさ。


愛していても孤独なこと。愛しているから孤独なこと。愛している人が、私と一緒にいても、決してその孤独からは逃れられないこと。一緒にいても、辛そうなこと。全然幸せそうじゃないこと。


それでも。私は、ここにいたいと思う。あなたと一緒に、いたいと思う。

そのような映画だと、私は思いました。





近しい人には、村上春樹の小説を好きな人がいなくて、それはもうずっと自明の理のようにそうだったから、それが私には当たり前のことだったから。この映画も同じかもしれないな。(でもこの映画に限らず、たいていの映画は、そういうものなのかもしれないし、心から愛してくれる人が少数でもいたら、それで良いという映画もあるのだと思う。)そんな気がします。きっと、この映画を創り上げることで、監督は救われたんだ。

チェストの引き出しを開け、声に出さずに泣くアナ(メラニー・ロラン)。この映画は声に出さずに、ずっと泣いている映画です。でも、アナはオリヴァー(ユアン・マクレガー)には、自分が泣いていたことを知られたくなくて、彼が来る前に涙を懸命に拭き取る。そのように、泣いていたことを、誰かに知られたくないような映画です。そして、涙を懸命に拭き取ったのにも関わらず、泣いていたことが、相手にはしっかり伝わってしまうような映画でもあります。オリヴァーの父も、母も。
どうしても泣いてしまう。そのことを相手には知られたくない。でも相手はそのことを知っている。それが暗闇に飲み込まれることを、おしとどめる。やっぱり、上手く言えない。
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