川田章吾

リトル・ダンサーの川田章吾のレビュー・感想・評価

リトル・ダンサー(2000年製作の映画)
4.0
「バレエのジュテもおんなじだよ。むかしのヨーロッパはしゃれになんないぐらいの階級社会だったからな。伝統とか慣習とか、そんな自分たちを縛りつけてるもんを重力に見立てて、バレエダンサーがそれに逆らってどれだけ高く飛べるかを観て観客は感動してたんだ」ー金城一紀『SPEED』より

バレエのことについて詳しくは知らないけど、今回の作品はこの言葉が全てを語っていると思う。それはジョー・ジョンストン監督の『遠い空の向こうに』のホーマーが親との確執から自由を求めたように、今作のビリーも自分のあるべきものの姿(実存)を求めて、飛び立とうとしていた。

実際にビリーは、オーディションで審査員から「なぜ、バレエを踊るのか?」と聞かれた時、「分からない…でも、それは、電気が走ってるみたいなんだ」と語っている。何か分からないけれど、「楽しいから、とりあえずやってみる」。この向こう見ずな態度こそ、若者の特権で、可能性が無限に開かれた状態とも言える。

そして、その逆境にスパイスを与えているのが大人たちだ。彼らは社会のあるべき姿を子どもたちに押し付けようとする。
ビリーの父と兄は、バレエは女がやるものだと決めつけ、ビリーの夢に反対する。
しかし、ビリーの才能に気づいた父親は、ビリーのために自分の信念を曲げ、ある行動を取る。
特にこの映画のハイライトは、ビリーのダンスを見た父が、真っ先にビリーのバレエの師であるシェイラのもとへ行くシーンである。

もう、これだけで号泣メン!!!
10000000000点だよ〜。

ただ、一つもったいないのは、ビリーがオーディション合格した後に、喜んで皆んなに伝えに行った時、一気に現実に引き戻す演出をしてしまったことかな。
あそこはもう少し、みんなではしゃいで、余韻を出した方が絶対に良かった。

あと、もう少し『遠い空の向こうに』のように、カタルシスが起きるシーンを劇的に描けると良かったな。
最後のシーンもせっかくバレエを踊り出して、その余韻を打ち消すように違うテンポの音楽が始まってしまったのが残念だった。
川田章吾

川田章吾