螢

リトル・ダンサーの螢のレビュー・感想・評価

リトル・ダンサー(2000年製作の映画)
3.8
胸にグッとくる作品でした。
ベースは少年の迸る情熱と成功の物語。そして、それを後押しするようになった家族の愛情を描いたシンプルな展開。けれどそこに、多くの人が今も縛られている「性差の価値観」に疑問を投げかけ、それを乗り越えた先にあるものを見せた社会派的な面を持つ。

11歳の少年ビリーは、認知症を患う祖母と、炭鉱夫として働く父と兄の四人暮らし。母とは幼い頃に死別している。今は町をあげてのストが起こっており、父も兄もそれに参加しているため、生活は苦しい。

閉塞感に満ちた日常を送っていたある日、ビリーは父から「男らしくなるために」強制的に習わされているボクシングの練習場の横で偶然行われたバレエレッスンをみて、虜になる。父に内緒でバレエを習い、その才能を目覚めさせていくビリー。閉鎖的な価値観を持つ父はそれに気づいた時、バレエは「女がするもの」だとしてやめさせようとするけれど…。

ビリーのダンスは、決して巧みとか美しいというのではなく、バレエやタップその他色々な要素が混沌と混じり合って、粗削りで、破天荒ですらあります。
けれど、抑えられない情熱や激しい感情が迸ばしる、という感じが実に見事に現れていて、目が話せないと同時に、ものすごく応援したくなるのです。

そして、個人的には、大成したビリーがラストシーンで踊ろうとするバレエの代名詞「白鳥の湖」に、この作品の主題が凝縮されている気がしました。

古典バレエの代名詞「白鳥の湖」といえば、多くの人が思い浮かべ、当然のものとされているのは、ロシアのチャイコフスキーの時代から脈々と受け継がれてきた「可憐な少女と彼女を救おうとする王子様の悲恋のお話」。
けれど、ビリーが踊るのは、同じ「白鳥の湖」のタイトルでも、イギリスの鬼才マシュー・ボーンが超絶大胆にリライトして誕生した「逞しい雄の白鳥とマザコンひ弱王子の悲恋のお話」のほう。
従来のイメージが固定化した作品ではなく、既存の価値観を塗り替えようと挑んだ新進気鋭の作品を敢えて採用しているのです。

炭鉱町時代のビリー少年には、LGBTの友達マイケル(GとTであるらしき男子)がおり、彼との交流、そして、彼が登場するラストシーンも、物語の主題を補強する重要な要素を持っています。

階級や貧富の差、「男/女らしい」という旧来の性規範を、不屈の意志と努力で乗り越えて成人し、今この場にいるだろうビリーとマイケルの姿には、胸にこみ上げるものがあります。

惜しむらくは、大成後のビリーのダンスシーンと、少年マイケルの「その後」が描かれていない点。描かれていたら、きっともっと、心奪われたのに。

それでも、とっても素敵な作品です。
螢