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アミスタッドのnetfilmsのレビュー・感想・評価

アミスタッド(1997年製作の映画)
4.0
 冒頭、屈強な肉体を持った黒人奴隷であるシンケ(ジャイモン・ハンスウ)は、キューバ沖で荒れ狂う波に翻弄される船の中で、死体から引き抜いた刀で鉄の首枷を外すことに成功する。鎖から放たれ、武器を手にした彼らは、自分たちを苦しめてきた乗務員を次々に惨殺していく。僅か数名の航海士だけを残し、船を乗っ取ってアフリカへ戻ろうとした2ヶ月後、辿り着いたところはアフリカではなく、自由の国アメリカだった。舵取り役として生かしておいたルイズとモンテスにまんまと騙されたシンケと生き残った仲間たち39人は、コネティカット州ニューヘヴンに投獄され、海賊行為と謀殺の容疑で裁判にかけられる。

スティーヴン・スピルバーグが、ウォルト・ディズニーの最高責任者だったジェフリー・カッツェンバーグとゲフィン・レコードの創設者として知られるデヴィッド・ゲフィンと共に設立した映画会社ドリームワークスの記念すべき第一回作品。ドリームワークスSKGのSKGはSpielberg、Katzenberg、Geffenの頭文字をとったものである。スピルバーグは『シンドラーのリスト』でホロコーストの犠牲となったユダヤ人たちの歴史を史実に忠実に再現したことからも明らかなように、ある種の漂流状態に置かれた人々の人生を描くのがすこぶる上手い。今作は『カラー・パープル』でも描かれた黒人奴隷の隠された歴史を重厚かつ丁寧に描いている。

シンケと生き残った仲間39人は、コネティカット州ニューヘヴンで投獄され、海賊行為と謀殺の容疑で裁判にかけられた。しかし、スペイン船籍であるアミスタッド号の「積み荷」の返還を求めるスペイン女王(アンナ・パキン)、自分たちが買った奴隷に対する所有権を主張するルイズとモンテス、船を拿捕したことに対する謝礼としての所有権を主張するアメリカ人将校など、さまざまな横槍が入り、裁判は中断してしまう。シンケたちは言葉が喋れないため、自分たちの部族では話せても、上陸した先のアメリカではコミュニケーションがまったく通じない。ルイズとモンテスはアメリカに上陸したのをいいことに、彼らは再び黒人たちを奴隷として雇い、ビジネスをしようとしている。

そんな彼らに助け舟を出す人間が現れる。奴隷解放論者の富豪・タパン(ステラン・スカルスゲールド)と、タパンの資本で新聞を発行する黒人・ジョッドソン(モーガン・フリーマン)である。ジョッドソンはかつて自分も奴隷だったことから、彼らの気持ちを理解するが、言葉がわからないためコミュニケーションは困難を極める。そこで彼らが雇ったのは若い弁護士ボールドウィン(マシュー・マコナヘイ)であった。新作『ブリッジ・オブ・スパイ』の主人公の弁護士同様、土地の所有権などを中心に利潤追求で緩い裁判を行ってきたボールドウィンにとっては、この裁判は実に難儀な問題を抱えているのだが、やがて彼らの生きる尊厳に気付き真剣に裁判に打ち込む。この辺りの構造は『シンドラーのリスト』のオスカー・シンドラーとも信念の部分で共鳴する。

ただボールドウィンとシンケのやり取りは、我々の想像以上に困難を極める。単語の意味はおろか、英語もスペイン語もポルトガル語も理解しないシンケに、最初ボールドウィンは砂の上に書いた文字と絵で感情を伝えようとする。ここでのやりとりは『E.T.』の主人公エリオットとE.T.とのコミュニケーションや、『カラーパープル』における姉妹の文字学習に非常によく似ている。あのフランソワ・トリュフォーの『野生の少年』のように、教育の機会のなかった相手に対し、一から言葉を教えるのは想像以上の困難となる。シンケが退席し歩いて行ったのを見て、ボールドウィンも最初はやはりダメかと諦めかけるが、シンケは「このくらい遠くから来た」と精一杯のジェスチャーで彼に伝えようとする。この真に感動的なやりとりを過不足なく描写したこの場面にこそ、スピルバーグは力を込めて演出する。

シンケが裁判所で話した奴隷エピソードの残酷さは『シンドラーのリスト』のユダヤ人狩りと同等の残酷さを我々に伝える。ライオンを倒したその時から村では英雄となったシンケだったが、間もなく拉致され、奴隷船テコラ号でハバナに強制連行される。奴隷貿易で潤う2人のスペイン人に買われ、53人の仲間と共に鎖に繋がれ、プエルト・プリンシペ行きのアミスタッド号に乗せられる。長い航海で彼らは飢え、白人たちに殴打され時には射殺され、食糧が不足しそうだとわかって虐殺される者まであった。不要になった奴隷たちは鎖を嵌められたまま船から海へ直接、数珠繋ぎのようにされ放り捨てられる。鞭打ちの刑に処される残酷な拷問の光景を前にして、シンケの妻は幼い息子を抱いたまま海へと飛び込み絶命する。この一連の流れの直視出来ない残酷さは我々の心に大きな重石となる。スピルバーグの映像は想像力のない人間にも、否応なしに奴隷制度の残酷さを見せつける。

19世紀半ば、大航海時代の後期には奴隷貿易が隆盛を誇った。イギリス、ポルトガル、スペインなどのヨーロッパ諸国ではアフリカ先住民を貴重な労働力として搾取し、強制労働させていた。信じられないことにこの頃の法律では、奴隷の子として生まれた者のみ売買が許可されていた。従ってもし彼らがアフリカで生まれたことが証明できれば、彼らは非合法に拉致されたことになり、船での殺戮行為は不問になってしまうのだ。彼らを有罪に出来なければ、目前に迫った大統領選挙で奴隷解放論者と見なされ、大票田である南部の支持を得られなくなると恐れた現役大統領ヴァン・ビューレン(ナイジェル・ホーソーン)は、自分の息のかかった新しい裁判官を送り込む。敗色濃厚な状況に追い込まれたボールドウィンたちは、ようやくアフリカ生まれの英国軍人コヴィ(キウェテル・イジョフォー)を探し当てる。彼を通訳とし、シンケたちと円滑なコミュニケーションを図ろうとする様子は、『オールウェイズ』の死後の主人公とテッドが、薄汚いホームレスの通訳を介してコミュニケーションを図る場面と非常に似通っている。やがてシンケの仲間は、聖書に載っている絵を見て想像することを覚え、シンケもようやく英語を口にするのだが、彼が初めて口にした言葉はGive us free!(俺たちに自由を)である。何という感動的な言葉であろうか。

何度も抑圧に屈しそうになる大変厳しい状況から「ラスト・ミニッツ・レスキュー」するのは、元大統領のジョン・クインシー・アダムズ(アンソニー・ホプキンス)に他ならない。既に政治家として峠を過ぎ、中国から輸入した胡蝶蘭の栽培だけが生きがいのこの老人を、ボールドウィンとジョッドソンは熱心に説得するのである。アダムズは幾度もシンケと対話を繰り返し、ふたりの間の理解は深まっていく。クライマックスのアンソニー・ホプキンスの演説はあまりにも素晴らしく息を呑むほどである。思えば近年のアメリカ映画において、老人がこれほど活躍する映画があっただろうか?淀みなく口をつく言葉は歴史の核心を突き、彼らの尊厳を勝ち取り、裁判官をも射抜く。その言葉の意味は正確にはわからないまでも、彼らが静粛にアダムズ老人の言葉に耳を傾ける姿は何度観ても胸を打つ。裁判に圧力をかける南部の政治家は、後にアメリカの引き裂かれた歴史となる「南北戦争」に寄与したことは誰の目にも明らかであろう。スピルバーグは後に『リンカーン』という映画を撮ることになるのである。裁判がまるで優れた活劇のような効果を発揮するこの裁判映画の美しさは、間違いなくスピルバーグにとって大きな転機となったはずである。