Kuuta

未来世紀ブラジルのKuutaのレビュー・感想・評価

未来世紀ブラジル(1985年製作の映画)
4.0
テリーギリアムの代表作。「クリスマスに天使が地上に降りる話」をここまでブラックに描ける発想力。やっぱ面白い。

第1幕ではモンティパイソンのようにショートコントの連発でディストピアを描いているが、ややアイデアを詰め込みすぎで冗長に感じる。

官僚のサムは騎士としてお姫様のジルを救う妄想に囚われている。バグ(虫)から官僚システムに狂いが生じたのをきっかけに、彼は自分の生きる道を模索し始める。

(そのために昇進を受け入れるが、鏡越し=偽りの姿のサムと次長の間には線が引かれており、両者は最後まで分かり合えない)

自由意思を求める役人という設定や、繰り返される天使のイメージは黒澤明の「生きる」を連想する。陰影を効かした撮影はノワール調。乳母車が落ちるのは「戦艦ポチョムキン」そのままだろう。帝国の逆襲パロディも入っている。

ここまではわりと普通のディストピアSF。だが、今作ではサムが素直に改心していく王道な展開を取らず、実際にジルと出会う第2幕から様子がおかしくなる。

ジルへの執着から、サムは狂人的行動を取り始める。ジルに拒絶されてもゾンビのように食らいつく執念に爆笑したが、同時に恐ろしさも感じる。実は最初から狂人だった、という展開は12モンキーズにも通じる。

脳内の騎士設定を貫き、姫を求めて暴れる姿はまさにドン・キホーテそのものだ。狂気と妄想が色んな被害を招きつつ、最終的にサムはジルと結ばれる。漫画みたいなルパンダイブを決めている。

しかし、第3幕。現代社会はドン・キホーテを甘受してくれない。第1幕の現実と第2幕の妄想が入り混じる中で、サムは最高に自由な「ブラジルの水彩画」を口ずさむ。マイケル・ペイリンの良い人イメージを上手く利用した脚本だ。

どんなに体が傷ついても、心の中の理想のブラジルは壊せない。ラストだけを取れば分かりやすいメッセージなのだが…。

サムは自由を口実にしたテロリストでもある。警察が彼の罪状を列挙する場面、内容的に間違った事は何一つ言っていない。彼らを単に否定してしまえば、テロ行為の肯定にも繋がりかねない。

自分の自由が他者を傷つけた事を、サムはどの程度理解していたのだろうか。爆発で焼け死ぬ人の描写は入っているものの、彼の心境ははっきりしないまま理想のブラジルへ飛び立ってしまう。「テロリストでも内心の自由は守られるべき」と私の理性は言っているが、どうしてもラストの「イマジネーションの肯定」は無邪気に喜べない。

未来社会の描写は随所に先見性があって面白い。ダクトで手紙のやり取りが出来る設定はインターネットそのもの。ダクトを行き交う情報は全て政府が握っており、配線を繋ぎかえる=ハッキングで、社会は容易にパンクする。上司の目を盗んでネットサーフィンする社員も描かれている。どうでも良い仕事の奪い合いを、机の勢力争いで視覚化するアイデアも良かった。

整形手術に失敗して包帯だらけのばあちゃんのグロテスクさが凄まじい。本来あるべき身体性を見失い、精神だけの化け物になるのが未来の人間の姿なんだと言われれば、それはその通りだと思う。

街中では他者に一切干渉せず、自分の世界に閉じこもっている。スマホとイヤホンだらけの今の世の中がダブった。電車?で怪我した女性に誰も席を譲らないその違和感は、銃撃戦の中で床清掃を続け、爆弾テロがあっても食事を続ける異様さにエスカレートしていく。

夢の中がやたらとミニチュア特撮で表現されてるのが良かった。田園地帯からビルが生えてくる場面はギリアムのアニメっぽい。妄想世界を這いずり回る能面の化け物も、手作り感が溢れていてキモかわいかった。ああいう美術にきちんと愛情を込めている辺り、やはり信用できる作り手だと思う。

ジルはサムの妄想に巻き込まれただけの可哀想な人であり、実際には結ばれることなく死んでしまったのだろう。デニーロ演じるタトルも、恐らくレジスタンスではない。結局、映画の中で管理社会に立ち向かおうとしていたのは狂人のサムだけだった事になる。エンディングの明るい音楽が、その事実を陰鬱と浮かび上がらせる。80点。
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