ボブおじさん

HANA-BIのボブおじさんのレビュー・感想・評価

HANA-BI(1997年製作の映画)
4.8
北野武監督最新作「首」を鑑賞する前に、北野映画の中で1番好きなこの作品を。

1人の男が自分の責任をまっとうする話。そのやり方は、過剰にロマンチックでセンチメンタル。そして、突拍子もなく身勝手で過激だ。

この映画の中には、様々な対比が見事なまでのコントラストとなって描かれている。〝生と死〟〝幸福と不幸〟〝優しさと暴力〟それらがコインの表裏の様に一瞬で入れ替わる。

タイトルの「HANA-BI」は、花と火に分かれており、花は〝生・幸福・優しさ〟の象徴、火は〝死・不幸・暴力〟を表している様にも思える。

優秀な刑事であった西(ビートたけし)と妻(岸本加世子)の間には、かつては子供が居て会話も笑顔もあったのだろう。だが、不幸が重なり夫婦は、子供と会話を失った。

同僚の堀部(大杉漣)は幸せな家庭を築いていたが、1発の銃弾が一瞬にして家族を崩壊へと導いた。

後輩の刑事(芦川誠)は朝には妻に〝いってらっしゃい〟と見送られたきり、帰らぬ人となってしまう。

不治の病の妻を連れて〝最期の旅〟に出かける西は、優しく妻をいたわりながら、裏では血と暴力にまみれた日々を送っている。

この旅行の費用と亡くなった後輩刑事の妻へ金を贈るため、西は〝映画史上最も静かに行われる銀行強盗〟を決行する。この様子をほぼ防犯カメラの映像だけで伝える演出は見事だ。

北野映画でたけし自身が演じる主人公が、死へと向かって行く映画は、これが初めてではない。だが、1994年テレビ人気の絶頂期にバイク事故により生死の境を彷徨った たけしは、この映画の中で、どん底の状態の中で、もう一度生きようとする男の姿も描いている。

だが、それを演じているのは、たけしではなく、この映画のもう1人の主役とも言える堀部だ。西と堀部は共に監督である北野武の分身で、コインの裏と表にあたる。彼は発砲事件により仕事も家族も体の自由も失い、生きる意味を見失いかける。

だが、車椅子で偶然通りかかった花屋の前で、咲き誇る〝花=生〟を前にしてもう一度生きてみようと思い直す。西が死に場所を求める道中で、焚き火の〝火=死〟を見つめるのとは対照的だ。

ちなみに死を意識した堀部が絵を描く描写は、たけし自身の経験をそのまま描いている。劇中で堀部が描く絵や、病院・喫茶店・バー・銀行などに飾られている絵はいずれも、たけし本人がバイク事故の後に右顔面が麻痺してしまい、復帰は不可能と言われていた時に描いた作品だ。

映画制作前の作品なので、この映画との直接的な関連性は無いだろが、生き物を独特の視点から描いた作品が多く。生きることへの意欲の様なものも感じられる。

その中には、親子で花火や星空を見上げている絵もあり、かつての西や堀部もそうであったであろうと想像すると感慨深い。

40年以上のたけしファンなので、どうしてもたけしに目が行ってしまうが、改めて見ると大杉漣が堪らなく良い😊



〈余談ですが〉
北野映画の特徴である〝省略の美学〟は、この映画の中でも、遺憾なく発揮されている。一切の言葉の説明を省き、削ぎ落とされた映像による表現は見る者の想像力を掻き立て、物語の中に自分を投影する余地を与える。

行間をわざと開けることで、受け手側はその隙間を勝手にセリフや映像・心理描写で埋めていく。

観客は本来賢い者だという前提で作られる北野映画は、ある意味説明過剰でお節介な(本人は下品と言っていた)日本映画の対極にあり、見る者を選ぶ映画だ。

願わくば、海外からの賞賛を待たずして、この様な映画に観客が集まる映画文化の成熟を期待したい。(偉そうにスミマセン😅)