鍋山和弥

SP 革命篇の鍋山和弥のネタバレレビュー・内容・結末

SP 革命篇(2011年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

いよいよ、『革命編』。こちらで、完結。前作、『野望編』では、『国民の危機管理』の話だったが、今作では、いかに、『オガタ』の、計画が、よくできていたか、よく分かる。国会議事堂を、占拠し、国民の危機管理を、呼び起こし、政治家一人一人の、不正を、明らかにし、『オガタ』の、復讐の相手で、最大の標的、『アサダ』総理に、『オガタ』の父親の、無実を、証明するために、罪を認めさせる。『オガタ』の父親は、自殺ではなく、他殺。『アサダ』に、殺されたも同然と・・・・。『オガタ』が、実行犯だったのも、自分の手で、『アサダ』に、復讐するため・・・・。その復讐は成され、『オガタ』は、自らの命を、捨てようとしたが、『イノウエ』に、逮捕された。他にも、『ダテ』の思惑。他のテロリスト達の、『オガタ』の、知らない筋書きなどもあったが、まあ、そこは、この作品の、見所ではないだろう。この作品の、見所は、やはり、『オガタ』という人間の、この国会議事堂占拠を経ての、復讐だろうし、『イノウエ』との絆だろう。『オガタ』は、実行犯側だったが、それは、正義が、成されなかったことに対する、権力者側への、復讐であり、根底は、やはり、『正義』と言える。『イノウエ』も、やはり、正義感が、強く、根底は、『正義』である。この根底の『正義』こそ、『オガタ』と、『イノウエ』の、強い絆に、繋がると思う。考えは違っても、道は違っても、邪魔者であろうと、憎めない。だから、殺せない。これが、『オガタ』と、『イノウエ』の絆だ。そして、『オガタ』のセリフではないが、『もし、自分の、大切な人を、奪った相手を、ずっと、警護することになったら、耐えられるか?』。これも、『オガタ』の心情で、『オガタ』に、共感する実行犯も、かなり、居たはずだ。『イノウエ』は、警護側のままだったが、もし、『イノウエ』の、復讐の対象が、政治家の中に居たら、『イノウエ』が、実行犯側でも、おかしくなかったはずだ。それだけ、人は、誰でも、犯罪者になる可能性が、あるのだ。正義感が、強ければ、強い復讐者として・・・・。この国会議事堂占拠の日、『イノウエ』は、嫌味な政治家の、警護に付いた。これは、『オガタ』からの、『イノウエ』への、メッセージだったかもしれない。『こんな政治家を、守れるか?』と。これも、『オガタ』の、粘りだろう。実行犯側に、復讐側に、引き入れるための。要するに、『オガタ』は、やはり、『イノウエ』を、気に入っていたのだ。腐った政治家達を、見ているだけに、『イノウエ』の、『正義』を、・・・・。『正義』『正義』と、軽々しく言うが、『正義』は、意外と難しい・・・・。
鍋山和弥

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