Garikuson

チェイサーのGarikusonのネタバレレビュー・内容・結末

チェイサー(2008年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

デリヘルの元締めを生業とし、女性や部下を完全にモノ扱いする不道徳な元刑事のジュンホ。彼は、手付金を払ったばかりの女の子が2人も蒸発してしまい頭を抱えていた。そんな折、部下から「チェンジばっかり繰り返す客がいてもう女の子がいない」との声が。何とかしろ!と激昂した彼は、風邪で休んでいたミジンを出勤させる。事務所に戻ったジュンホは何気なく電話記録に目を向けると、今しがたミジンを派遣した電話番号と、蒸発した女の子2人が最後に相手をした客の電話番号が同一のものである事に気づく。この電話の持主に女の子が引き抜かれている!と確信したジュンホは、ミジンに電話の持主の家に到着次第住所をメールするように伝えるが、ミジンからの連絡は途絶えてしまう。
ジュンホは男から女の子を派遣して欲しいとの連絡があった場所を車でウロウロしていると、出会い頭に他の車と接触事故を起こしてしまう。相手の車のドライバーに保険賠償の為電話番号を聞くも、相手は何処か挙動不審。さらによく見ると、男の服には血がついている。ふと怪しく感じたジュンホが、先ほど店にかかってきた番号にリダイヤルすると、相手の男の携帯が反応。ジュンホは男を捕まえて尋問しようとするも、事故のせいで警察が来てしまい、二人とも署に連行される。
捕まえた男の名はヨンミン。物静かな優男である。しかし警察の「デリヘル店長の言うように、女を売ったのか??」との問いに、ヨンミンは「まさか、売ってませんよ。殺しました。あ、さっきの一人はまだ生きてると思います」と供述。ヨンミンの供述は、凶器や殺害方法が巷を賑わす連続殺人鬼のそれと符合している。しかし、死体遺棄現場と犯行場所は黙秘を貫くヨンミン。
令状のない拘束は、証拠のない状態で12時間経てば容疑者を釈放するというルールがある為タイムリミットは近い。警察とジュンホそれぞれによる犯行の証拠探しが幕を開ける…。

実際に韓国を震撼させたという連続猟奇殺人に着想を得たという本作。「冷たい熱帯魚」を見た時もそう感じたが、事実は小説よりも奇なりとはよくいったものだ。
そしてこの映画において驚きを禁じ得ないのは、チェイサーがナ・ホンジン監督の長編処女作だという事。末恐ろしいとしか言いようがない。処女作にしてこの重厚なクライムサスペンスを作り上げる手腕には感服してしまう。

韓国映画は、他国の映画と比べて暴力描写が暗く、重く、そして痛々しいというのが個人的な感想であるが、その点はこの映画にも同様の事が言える。デリヘル嬢達の殺害現場のシャワールームも、小汚く薄暗い。さらに殺害にはナイフでも銃でもなくハンマーとノミときた。これは余りにも重い。

この映画のもう一つ重要なポイントは、謎などハナから有りはしないという事。開始から30分足らずでヨンミンの犯行シーンが出て来るし、何ならヨンミンも序盤で警察に拘留される。唯一まだ生きてるミジンの姿もキチンとシーンが用意されている。だからこそ、警察達の捜査の効率の悪さやお役所仕事的なやっつけ感が際立ち、「ジュンホさんそりゃ焦るわ、腹立つわ」と言わざるを得ない程に、視聴者のジュンホへの感情移入をスムーズに成功させている。この構成は素晴らしい。正に、主人公と視聴者とが一体になれる映画であると言える。

ジュンホを演じたキム・ユンソクの演技も実に良い。最初は商売道具として扱っていた女、それを売ろうとしたチンピラ、くらいのちょっと軽めのテイストの演技だったが、まだ幼いミジンの娘との触れ合いを経て後半に進むにつれ、何処かに生きているはずのミジンを何とか殺人鬼の魔手から救い出そうとする必死な男の姿へと変貌するのだ。また、殺人鬼ヨンミンを演じたハ・ジョンウもその冷たい表情、警察官を舐め切った不遜な笑み、どれをとっても不気味な殺人犯を完璧に熱演。リミットの12時間を乗り切り、釈放された彼がプカーとタバコを吸うシーンなど、憎たらしいことこの上ない。余りにハマっていたので今後の彼の作品を見る時に変な補正がかかりそうだ。

最後に印象的なシーンについて。本作では4つ特に印象的なシーンがあった。
まず、過去にヨンミンの相手をした事のある他店の風俗嬢が、ヨンミンの異常性をジュンホに語っているのを聞いてしまい、母親の身にとんでもない事が起こっていると察知したミジンの娘が車で泣き叫ぶシーン。車の外からのカットで、大雨の音で泣き叫ぶ顔しか見えないが、あのシーンは余りにも悲痛だ。

次に、母に似た風俗嬢をフラフラ追い掛けて行った娘が宅配バイクに轢き逃げされ、病院に慌てて連れて行くジュンホ。彼が怒りに身を任せてヨンミンに暴行を加えているのを静観する警察官達のシーン。証拠不十分の状態で被疑者に暴行を加えるのはタブーたが、誰もそれを止めずにいるのがとても印象的だった。みんな、ヨンミンが犯人だとわかっているんだなぁ、と改めて思った。

続いて、命辛々拘束を解いて逃げ出したミジンの、絶望に打ちひしがれるシーン。
釈放後のヨンミンを密かに尾行していた警察官がもっと近くまで近付いていれば…猛ダッシュで街中を走り回るジュンホがミジンからの電話に気付いていれば…警邏中のパトカーの警察官が2人揃って居眠りをしていなければ…タバコ屋の叔母さんが余計な事を言わなければ…
歯痒さと絶望感ここに極まれりである。

最後に、ヨンミンを取り押さえたジュンホが、ミジンとその娘の顔をフラッシュバックさせながらハンマーを振り上げて、ブルブル震えるシーン。躊躇と、それに勝る理不尽さに対する怒りが入り混じった、正に名演であった。

総括としては、実に濃厚なクライムサスペンスであった。もちろん、すこーし「???」となるシーンもあるものの、それも野暮というものだろう、と感じる程にパワーのある作品。一見の価値はあると思う。

あくまで個人的であるが、今のところ韓国映画は殆ど外れた事がない。何処までこの破竹の快進撃は続くのか…。
Garikuson

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