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コミタスのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

コミタス(1988年製作の映画)
5.0
[アルメニアの美しき自然に捧ぐ] 100点

人生ベスト。19世紀から20世紀にかけて実在したアルメニアの修道士であり作曲家コミタスと、1915年にトルコで虐殺された200万人の同胞に捧げられた一作。コミタス、本名 Soghomon Soghomonian は1869年、オスマントルコ帝国キュタヒヤでアルメニア人の両親の下に生まれた。しかし、当時16歳だったという母親は産後半年で亡くなり(多くの詩を彼女に捧げている)、以降酒浸りとなった父親も11歳の時に亡くなった。孤児となったコミタスは、エチミアジンにある神学校で教育を受けた。そこで音楽に興味を持った彼は、エチミアジン近郊の村を訪れ、アルメニア人村民が歌う歌を書き留めていくようになった。1895年、愛の歌や子守唄など25曲を収録した第一作『The Songs of Agn (Շար Ակնա ժողովրդական երգերի)』を完成させるも、保守的な聖職者には不評で、性的堕落を疑うような噂まで流されてしまう。その後、エチミアジンを拠点としながらジョージアや欧州を巡って音楽を学んでいった。1915年、アルメニア人虐殺が始まった日に逮捕されたコミタスは、そこで殺されていく同胞を目にしてPTSDを患い、以降は亡くなるまで各地の精神病院を転々としていた。本作品の主人公は老コミタスであり、絶望した彼が病院の中から故郷を懐かしむように展開されていく。虐殺そのものの告発というより、虐殺によって失われてしまったもの全て(人間、国家、伝統、文化)とその絶望を語る作品である。

冒頭で老コミタスが川辺に浮かぶなぎ倒された葦を眺めるシーンは、正しく『惑星ソラリス』の冒頭そのもので、老コミタスが丘の上の建物から草原を眺めるシーンは『鏡』でマルガリータ・テレホワが柵に腰掛けて遠くを見やるシーンそのものである。しかし、後者に連なる長回しでは、雨が石壁に染み出して表面の塵を拭い去り、やがて壁が崩れ落ちて中にあった小さな洞の壺から色鮮やかな絵の具が雨と共に溢れ出してくる。他にも、壁に蜂蜜の瓶を投げつける、木になっているザクロの実から赤い果汁が滴り落ちる、など色彩感覚はセルゲイ・パラジャーノフ(特に『ざくろの色』)に近い。本作品はタルコフスキーの世界観とパラジャーノフの色彩感覚や民族的な側面を魔的融合させ、カメラを縦横無尽に動かすことでアスカリアン世界を完成させた作品なのだ。

どうやらアスカリアンは水、特に雨に対して破壊属性を授けるのが好きなようで、雨ざらしの壊れた楽器や雨になぎ倒された木、水浸しになって破壊される土壁など悲惨なイメージを伴って登場する他、瓶に入れられた牛乳が割れて飛び散ったり、吊るされたヤギから血が滴り落ちたりする。それら水に関するイメージはどれも頗る恐ろしく、同時に美しい。
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