荒野の狼

コッポラの胡蝶の夢の荒野の狼のレビュー・感想・評価

コッポラの胡蝶の夢(2007年製作の映画)
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2007年のフランシス・コッポラ監督の映画で原題は「Youth Without Youth 若さなき若さ」。邦題の「胡蝶の夢」は映画の中で引用されているが、「荘子」のこの一章のみが主題というわけではない。映画は1938年をスタートとしナチの台頭から戦後の1969年までの歴史的背景に重ねて主人公に起こった事件が、数年ごとに挿話的に展開されていく。メイキングでも本人が語っているように、コッポラは風景の撮影や音楽の選択を、本作では状況に応じて映画に組み込んでいったようで、そうした姿勢は老荘の立場に近い。本作ではインドのウパニシャッドの思想や破壊神シヴァに触れられたりとインドの古代思想にも言及があるが、これはことさらなことをせず瞑想から悟りにいたる(真実を知る)といった立場であり、老荘のものに近いとい言える。
本作では主人公ドミニクが二重人格かのように、自分自身と語る場面が登場するが、これも瞑想によって行き着く自らを第三者的立場で俯瞰できる境地に近いと考えると上記の東洋思想の流れで納得できる。その中で、年齢や輪廻転生までも超えた男女の愛を描くことで、時間を超えて大切なもの(=愛)のメッセージが込められている。
人生の間で何かをなさなければ、その人生は無であると考え、映画の冒頭で恋人に去られて孤独な老死に至ろうとする主人公が、いわばセカンドチャンスを与えられ精神の旅をすることでラストで手にしたものは美しい。本作を更に深く楽しみたい人にはコッポラのコメンタリーの特典がおすすめ。コメンタリーを見て私がわかった点は以下。1)ラストのホテルのフロントの女性を演じたのはルーマニアの女優で2007年にはカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『4ヶ月、3週と2日』に主演。2)大スターを小さな役で出演することを欲するコッポラだが、マット・デイモンはアメリカ人記者を演じるために、わざわざルーマニアまで来てパーフェクトなアメリカンを演じてくれた。3)ドミニクの最初の恋人ラウラと後の恋人のヴェロニカは同じ女優アレクサンドラ・マリア・ララが演じた。ヴェロニカは最後に現れるシーンでは二人の子供を連れており、一人はドミニクの子供。4)原作はルーマニアの宗教学者ミルチャ・エリアーデの短編『若さなき若さ』で、コッポラ自身も作品の完全な理解はしておらず、たとえば二重人格のようなシーンも解釈はいくつも可能であるとしている。小説は、そうした曖昧さが許されるのだが、映画では許されないとしていることが多いが、本作品では曖昧さを良しとした。5)映画で上下逆さに映し出されるシーンは、すべて主人公の夢の中で起こったもので現実ではない。
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