<概説>
長年絶縁状態だった兄が病気で倒れてしまった。これを機にと会いにいこうとする老人の移動手段は、時速8kmの芝刈り機のみ。目的地ウィスコンシン州までの距離はなんと560km。男の非常にすろ〜り〜な旅が今始まる。
<感想>
これまでリンチ作品といえば『イレイザーヘッド』をはじめ、強烈なパンチの効いたものばかりでした。ですのでこんな王道ロードムービーも撮れるのだなと、今更ながらに感嘆。
どこぞの皮膚病患者映画よろしくいい話風にゲテモノを描きたいだけなんてこともなく、本当に普通にいい話。
ただせっかくのリンチ映画。気になったことをいくつか。
①妊婦のエピソードについて
これはリンチファンならご存知『イレイザーヘッド』の連関を想います。かの作品は監督本人の親になることへの不安を映画化したなんて、よく言われますよね。
思い返してみてもあちらの胎児は非常におどろおどろしくて、THE・不安といっても差し支えありません。
しかしこちらは妊娠を祝福してあげる立場に主人公がいる。20年の年月でリンチ監督が親になり、「ああ娘ができてよかった」という成熟を覚えているかのようです。作品のパンチは薄れましたが、深みという意味ではこれほどの良い変化もありません。
②鹿のエピソードについて
『ゲット・アウト』『偽りなき者』等、オカルティックな作品で常々引用される鹿。それは人種のアイコンであり、護法のアイコンであり、多様な解釈を発生させます。
それが延々跳ねられる。"鹿"が"13"頭。
露骨に暗示される不安。毎日続いて気が滅入ってしまう。田舎暮らしならばさして珍しくもないけれど、それがいつもならば破滅の前兆ではないかと。
この些細な不安を過大評価してしまうのも、また『イレイザーヘッド』の時節の体験と重なっているような気がします。なんであの時節不安定だったんじゃろねと。
③作品総体の流れ
こうして振り返ってみれば、登場人物は少しずつ歳を重ねるように登場しているようです。胎児→若者の速度→就労期の不安→壮年期における視野成熟→そして人生を終える人々へ。
バラバラに見えるエピソードはきちんと繋がっていて、そのあたりさすがベテラン監督だなあと拍手。
その一方で、この後もしこたま作品を制作する監督に苦情を禁じ得ませんけれども。