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台風クラブのotomisanのレビュー・感想・評価

台風クラブ(1985年製作の映画)
4.1
 みんなでワイワイ「台風クラブ」をやってる割にそこかしこ、すきま風を感じてしまう。

 幼なじみ崩壊まであと半年。台風前夜、金曜の夕ベのひととき、理恵は立ち寄った三上邸で、東京の高校を目指すといい学習に余念のない恭一にコーヒーを淹れるが恭一は同席の兄に「個」は「種」にどうしたとか問答を仕掛けてばかりで寄り付く島もない。この寸暇の団欒が恭一にも理恵にも最後の思い出となるはずなのに。

 台風当日、些細なすれ違いで恭一と理恵は「台風クラブ」を共にすることはない。いつも当たり前にいた理恵の様子がありありと変わって見えてきたこの頃を半ば忌々し気に黙殺し、前夜、あの団欒を煙たげに置き去って恭一はまたケンとヒロシと会ってしまった。彼らといる事の居心地悪さ、遠からず二人も恭一の胸中に気づくに違いないとは分かり切っているはずなのだが。
 対して、東京に出てゆくために理恵にも背を向ける事が増えた自分を恭一はさほど気に留めてもいないのだろう。しかし、理恵はあと半年で恭一は異世界の人になって、もうこの町に戻ってさえ来なくなると承知しているのだ。

 「台風クラブ」の一員となって、台風の中失踪した理恵を案ずるのか?不気味な腐れ縁となったケンとミチコの危機一髪を気遣うのか?訳の分からないアマゾネス団の「今がある事自体の心許なさ」に心が腐るのか?心の憂さを晴らすように担任にぶちまける恭一の八つ当たりがちっとも爽快でないのがこころを打つ。
 32歳独身の数学教師が二の足を踏む結婚相手が仕掛けた婚活が恐喝のように教員人生を見事に閉ざしてくれたのを分かってか否か?いいや、恭一の頭でっかちに分かるはずもない。しかし、不見識だろうと恭一がけんもほろろに否定し去った梅宮人生15年は先生当人にしても案外その通りの痛打なのかも知れない。
 他方、恭一も兄と同じ東大を目指す程度の指針しかない野球レスの痛手の上に理恵を見失い、梅宮の返球に自らの投げ込みの鋭さがそのまま残っていたことに恭一はたじろぐ。恭一の知らない未来が梅宮教師に過去形ながらあるのに対して、恭一は何を根拠に大人を否認するのか?中三くらいの齢になれば、足元の危うさに覚える当然の戸惑いであろう。そこに生身の大人の存在意義が生じるはずなのだが「台風クラブ」と「婚約疲労宴」とに閉じこもった子どもと大人はついに接点を失ってしまう。

 この映画の主旨がそうした接触を許さないのだろうが、大人の姿が実に乏しい。「金八先生」なんかを見てもマンツーマンな位あれほど大人が出てくるだろう。大人も子どもに関わりたいし、嫌われようと煙たかろうとケンカになろうと四つに組んでなんぼな物語を見慣れた者には「台風クラブ」には耐えがたい寂寥感を覚えてしまう。それが、すきま風というやつで、如何せんどのようにも関わりようのない三日間、台風のさなかの大人同士の腐れ縁、子供同士の奇妙な凭れあい、最も寄り合っていそうでいて嚙み合わない台風前夜の三人の騒がしかったり親しげだったりに歯がゆさが募って来る。
 そうした中、現実の大人に接点を持つ者が家出の理恵である。土曜の朝、不在の母親に始まり、今まさに一人遠ざかる恭一と、やがて恭一を飲み込む東京を目指すのにひとりはぐれた台風の朝は打って付けだ。
 女一人、恭一を待ちわびて過ごす日々の始まりを先どって恭一に一杯食わせる。ほかに何ができるだろう。ところが深夜、ナンパしてくれた尾美に恭一やクニの事を話しながら冒険心が萎えるのでも無さげに何かがよみがえってくる。そのときの理恵の案外な子供っぽさにこの映画の性格が明らかだ。あんな時、豪雨突風はいい毒流しとなるはずなんだが、しかし、都会の闇をそうとも気付かず恐ろしさもなにも知らない赤ずきんちゃんは同時にまだ国許の戻るべき鞘が失われることを思いもよらない。それを知ったとき理恵は何者になるのだろう?台風に閉ざされた彼らはみな出会うことはもうない。

 日曜日の明け方から一日飛ばして舞い戻った理恵を迎えるのは、農家の一員として大人と日頃べったり接したヒロシである。「台風のあとは野菜が値上がりする」事、今が稼ぎ時と承知はしていても家業に今ひとつ気乗りしないと臨時休校の月曜日なのにプールに逃げ込む算段だが、このときヒロシは理恵の家出も「台風クラブ」事件もまだ知らない。理恵もまた恭一亡き後の学校がもう戻るべき鞘ではないことを知らない。
 隠し撮りカメラ画質の中、この二人の姿がどこか予定調和のように他愛なくたおやかに見える裏で、予想外な二人を当局はどうするのか?そして、台風クラブの生存者が日曜日の内にどうなったのか、三上家(有力者に決まってる)はこの事件の落としどころをどう考えるのか。
 ありうる大人の事情を酌んだ想像のかたわら、恭一と理恵のあの団欒が妙に懐かしく思い起こされるのだ。ただそれは、恭一が理恵を待たずに一人の事にかまけるように死に急いだことを理恵が知らぬままでいるとする限りのことである。
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