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フリークスアウトのotomisanのレビュー・感想・評価

フリークスアウト(2021年製作の映画)
4.0
 実はフランツ、6本指らしい。といってもこれはフランツ・リストにまつわるただのうわさ。
 5本指の名人がリスト十八般に熟達すればそれだけで名声を築けるだろうが、映画のフランツ、真正6本指の天才には実は5本指リストの超絶ぶりとて退屈やも知れない。そこで自作の難曲を世界で唯一人弾き熟すのだが、彼が座を盛り上げるのは慰問サーカス公演のオープニングセレモニーだけという。
 なにしろ当人がその団長であり、超能力戦士探索の血腥い密命まで背負ってる。いやオカルト好き?なナチスのイメージではあるが、魔法的パワーの発掘で戦局好転を願うほどトンチキな総統か?そんなアホになる前に死んでやる、位のもんではなかろうか。この密命、どうもフリークス・フランツの総統愛に発する身を切る思いの上申の末の悲願に違いない。

 まあ超絶なんだろが6本指だからなぁ、とフランツを眺めるのが世間というものなのか、6本指なんてズルいだろ(俺も欲しいよ)と楽団員はいうのか、6本良く動くねー、どっかで間違えんべ?という面白半分に押し流されるのか。その超絶人気をなぜ本国でフルトヴェングラーと競わない?それとも、フランツ本人に6本指の負い目があるのか?
 それはなにしろ、アーリア人種の要件には6本指というのが無い。これでは敬愛する総統に合わせる顔がないではないか。そこは絵描きのエミール・ノルデが熱烈党員だったにも拘らず、党は退廃芸術家ノルデを煙たがって蟄居させたような塩梅にも通じるだろう。
 ただ、そんな事でフランツがサーカスに身を潜めているわけでは無いのは先に述べた通りだが、その背景には、ピアノの腕前どころじゃない超能力、未来図動画が見えてしまう事が災い、それとも幸い?となっているのだろう。

 そりゃあ夢まぼろしながら、敬愛する総統もナチスも倒れるのを目の当たりにして正気ではおれまい。そしてドイツが世界に冠たる地位から転落する未来世界は紛争に継ぐ紛争、さらに平時には無秩序破廉恥無分別な表現主義と言表の氾濫する混沌でいっぱいだ。それは総統の指し示すドイツの理想の滅亡に他ならない。
 ついでながら、スマホまで手に取ってしまって、あれの操作の手慣れ感が何とも言えず、その技術的背景を直感し、さらに米国製ならともかくノキア製だとかフィンランド製だとかまで直感したらこれは血圧急騰で即死ものだろう。いや、いっそ未来から物を拾って来れたら、核兵器だって拾ってくるか?フランツの価値は一変するだろうに、がんばれフランツ。
 しかしである。6本指の禍で総統のそばにも寄れないフランツが、アーリア的取り巻き達ではドイツの勝利が覚束ない事を確信しながらも、未来が見えるだけでは戦局挽回に手も足も出ないどころか未来についてうっかりした事を喋ったら命の保証もない。この有事に戦力にならない超能力をひた隠して、サーカス一座を率いて流れ者界に潜んだ超戦力人探しに出るのもよくわかる。

 そんな事だから、やっとイタリアくんだりまで来て、飛んで火に入ってくれた4人の異能者なのにモノにできず、コケにされて逃げられて、焼けっぱちフランツが表看板である超絶ピアノを叶えてくれた指6本目を詰める様子にはジンと来るものがある。
 世界にただ一人のピアノ名人が、この総統のドイツにあって所詮あるまじきサブ・カルチャーの見世物にしか認められず、未来を見通せば党のお偉方、あるいは総統にまで不興を買うのは必至で、やっと探し当てたドイツ救済の切り札フリークスは今やフランツの手から逃がれつつある瀬戸際で、彼等を連れ戻せるならピアノの常人に転落しても惜しくはない。なにせ、ただのアーリア人達には救えない総統とドイツをフリークスの外面をかなぐり捨てたフランツが超能力戦隊を率いて立て直すのだから。
 かの総統もまた芸術家の道を退いて世界の統率者を目指したように、フランツもまた同じ道を歩んでゆく。この陶酔感を不快な兄はもちろん不遜にも楯突く異能者連にも邪魔させない。無用の者は殺し、有用なら従わせるが、あんな無用の兄でもその外見、党幹部の制服は立派に有用で兄に成りすましたフランツを次代の世界統率者の地位に導いてくれるはずだろう。

 このように第三帝国第二の救い主フランツは社会の埒外から身を起し、自力でこの非常時社会、党の戦いの最前線に参入し頂点を夢見る。いつか第6の指を犠牲にして人間になった救世主は地上の神として崇められるのだ。
 と、望んだその夜、もしも未来を垣間見たなら何を眺めることになっただろう。いつもと同じ他民族の席巻する世界にまたもや絶望するなら4人の追跡も諦めたろうか?ふたを開けたら反独ゲリラも加勢する抵抗にあい全滅する追跡隊に、もう未来を見通す意味も失われたに違いない。
 恐らく主人公4人以上に重い超能力を身に付けながらナチズムのもとでは恥ずべきその身、その境遇とその未来視能力が引き出す衝撃ゆえ世に容れられまいフランツは立身を懸けたこのミッションに目が眩み、未来に向けて物申す大命題を見落としたのだろう。反対に死地を潜り抜けたあの4人のいつものなんてことない日々の回復の影で、なにか大魚が逃されたような気分になるのは、こちらの事大主義に過ぎないかも知れないが。
 ナチスは救世主フランツの力をもってしても世界を平定できず、秩序を失う世界は戦いに明け暮れ、文明は退廃を極めるに違いない。それを知りつつ世界の死滅を確かめるだけの余生を送るのが忍びないなら、せめて6本目の指が残っていれば人類史上稀に見る楽才を助けて自らを慰めてくれたかもしれない、例え戦犯として獄に繋がれようと。それとも死刑囚にはそんな猶予など与えられないだろうか。

 そのような未来は見たことないとすれば、その指2本の自傷行為以外無傷なフランツが死を選ぶのは、生来我をフランツたらしめた今は亡きあの指達への哀惜故かも知れない。
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