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夏時間の庭のnetfilmsのレビュー・感想・評価

夏時間の庭(2008年製作の映画)
4.1
 母エレーヌ(エディット・スコブ)の誕生日を祝うため、経済学者の長男フレデリック(シャルル・ベルリング)、世界中を飛び回るデザイナーの長女アドリエンヌ(ジュリエット・ビノシュ)、中国で仕事をしている次男ジェレミー(ジェレミー・レニエ)とその家族が1年に1度だけ集まる。母親は長男のフレデリックに、自分が死んだら家も美術品も売却処分してほしいと頼む。その場では家も美術品も売らないと突っぱねたフレデリックだったが翌年、母親が死に兄弟たちは遺産相続という問題に直面する。今作は上流階級の家庭を舞台に、急逝した母が遺した豪邸と貴重な美術品の数々を前に、母への想いと理想と現実とのあいだで苦しむ3人の子どもたちの姿を静かに見つめた家族のドラマである。アサイヤスはここではお得意のアクションを封印し、ストレートなファミリー・ドラマに挑んでいる。かつて3人の子供たちが住み、今は母エレーヌだけが住む家は、名のある画家の大叔父ポール・ベルティエから受け継がれたブルジョワジーの家庭だった。たくさんの思い出を持ち、自分が生きているうちはこの家を大切に残そうと誓う長男だったが、長女と次男はまるで違う思いを持っている。長男はフランスで生まれ育ち、いまもフランスに居を構え、国外の生活を知らない。しかし長女は世界中を忙しく回っていて、次男は仕事の都合で上海にいる。アサイヤスの国内で撮った映画と国外で撮った映画の二重人格的な差異が、ここではそのまま兄弟たちの生き方や性格すらを形成する。

 生家を守ろうとする長男と、生家に思い入れのない長女、次男の対照的な関係を浮き彫りにしながら、それでもなお家族であることをやめない彼ら彼女らの自由な生き方を的確に描き出している。生前の母親も、母親の死後の葛藤の中の長男も、決して兄弟を糾弾したりしない。彼らの主張を民主的に受け入れることが家族の在るべき姿なんだと問いかける。ここでもまた次男の就職先に遠く離れたアジアを設定する。誕生会の他愛無い会話の中でも、現代社会への警鐘や痛烈な批判が盛り込まれ、やがて経済学者の地位も名誉もある長男フレデリックとその娘の間に突然の不和が起きる。人生というのはそういう受け入れ難い現実と向き合っていく作業なのかもしれない。今作のもう一つの特徴はオルセー美術館全面協力のもと、丁寧に集められた美術品だろう。一部の絵画を除いた全ての美術品が大叔父のアトリエだった生家を優しく飾る。バルビゾン派の代表的画家カミーユ・コローの手による2枚の抒情的な風景画をはじめ、ルドンの晩年のパステル画やルイ・マジョレルの家具、ブラックモンの花器などがあたり一面を彩っていて、幸せな気持ちになる。エリック・ゴーティエのカメラも、時にステディカムの機動力を駆使しながら、古い邸宅に集まる家族の入れ違いの行動を臨場感豊かに描写している。自然光の美しさとは対照的に、母親の死を予感させた暗闇の描写が最も印象に残る。ラスト・シーンの美しさは2000年代のフランス映画の中では屈指のクオリティである。3世代の物語が同じ場所を彩った時に、うつろい行く時間の残酷さと美しさを同時に感じ、思わず涙が溢れた。
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