夏時間の庭の作品情報・感想・評価

「夏時間の庭」に投稿された感想・評価

yuum

yuumの感想・評価

4.5
現実的、現代的なのに古いシネマみたいな感覚を覚える画面が絶妙でこの人の映画は本当にツボを押さえてくる。登場人物みな人間味に溢れていたけどおばあさんの強い存在感が最初から最後まで物語を支配していた。とにかく好きな映画だった。
エーコ

エーコの感想・評価

3.5
偉大なるヨーロッパの歴史としての、あるいは肉親との思い出としての、またあるいは無用の長物としての芸術品の行方についての映画である。同じ物に対して、異なる光が当たっていくのが醍醐味だ。ヨーロッパの歴史として語られる家財は、集団的な記憶でありながらも、もはや一部の人間だけが共有するものでしかなく、最終的に美術館という公共空間にあって管理されることになる。いかにも観光客らしい人々がその前をぞろぞろと通り過ぎていくところの、さっぱりとした残酷さはアサイヤスらしい。そこに、個人的な愛着や記憶としての光が当てられていくが、エロイーズという名の老いたお手伝いさんがそれらを無造作に扱う様や、「これは私の」と言って長女アドリエンヌが茶器を持っていく様は、やや感動的である。最後に、その家で不良な少年少女らが、歴史に対する畏敬もなにもなくパーティの準備をしている場面が出てきて、その中には長男フレデリックの娘の姿もある。アトリエでサッカーボールを蹴りあい、流行曲を流し、ハッパを吸い、酒を飲む。入り組んだ大きな家を映す以上、映画全体でいくつも移動撮影が出てくるが、ここでの長い移動撮影は爽やかなもので、アサイヤスはヨーロッパの歴史よりも、同時代的な若者文化の方にシンパシーのある人なのだと思ったが、あるいはそれはまやかしで、変化に蹂躙されていくマゾヒズムこそが原動力なのかもしれない。ウエルベックがラヴクラフトについてそう分析しているように。
Ricola

Ricolaの感想・評価

3.2
故人の大切にしていた遺産を守るかどうかを決めるのは、結局残された子孫たち。

息が詰まりそうな都会の近くにこんな家があったらどんなに癒されるだろう。

家族といえど、個人にそれぞれの思い出が詰まった同じ場所があるなんて素敵。

風に吹かれて動く木々の音や鳥のさえずりがBGMの静かな家、いいな。
おれもおばあちゃんの前の家好きだったなー
あんなにお庭広くなかったけど植物いっぱいあったなー
オリヴィエ・アサイヤス監督×ジュリエット・ビノシュ
2015年11月14日、鑑賞。

母の75歳の誕生日に、3人の子供(息子2人、娘1人)と孫たちが集まる。

母は「自分が亡きあとは、家や財産は好きにして」と言い残すが、その家の調度品たるものや『オルセー美術館が欲しがっているの』と母親が言うだけあって、素晴らしい物ばかり。撮影には、実際の美術品を使ったようだ。(コローやルドンなどの絵画など)

思い出を大切にするか、物を自分のためにいつまでも大切にするか、という価値観を突きつけられた気がする映画だった。


母が「あなた、なかなか(フランスに)来ないわね」と言うと、娘(ジュリエット・ビノシュ)が「ニューヨークは遠いの」、母「こないだ、日本の雑誌を見たけど、よくわからなかったわ」→娘「あれは、TAKASHIMAYA向けに作ったの」なる会話があり、ジュリエット・ビノシュの口から『TAKASHIMAYA』なる言葉が出たのは少しビックリ(笑)…ただ、日本語字幕は「日本のデパート向け」と記載されているので、良く聞いていないと聞き逃す。

娘アドリエンヌ(ジュリエット・ビノシュ)は、『ポール・ボルティエ・コレクション』として、美術品などはオークションに出してしまえば…などと言い、上海に住んでいる次男も会社資金が必要なので売却に賛成。ただ一人、売却したくないという長男の希望は叶わず、家も美術品も売却方向になっていき……という物語進行になっていく。


美しい風景の中で、お互いの気持ちを理解し合おうとする家族の素晴らしさを見せてくれたオリヴィエ・アサイヤス監督作品である。
実家が「伝統」という役割を担うなか、映画のなかの「場」としての力も大きく発揮する。ある意味パワースポット。三世代に移っていくのも面白い。ラストの孫の一連のしぐさに感動する
生涯共にしてきたパートナーとの思い出の家や装飾品の数々。
またそれらに対する子どもたちが抱く想いとの差。
さらに孫たちにとっては…。そして三代に渡って仕えてきた給仕にとっての想いもまた感慨深いものがあろう。
そういうのを表現したのだろうけど、もひとつ重みに欠ける作品だった。
映像はとても綺麗でよかったのだけど。
ラストが好き。
序盤のどこか神聖な雰囲気がエロイーズが家を見にくるあたりから俗っぽくなってく。
割とスッと観れた。
子どもたちが庭を走り回る場面から始まる、どこか印象派のような本作は、ある意味、「東京物語」に対する回答のようでもある。

「東京物語」では老いた側である両親が東京にいる子供たちに「会いに行く」ところから始まるのに対し、この映画では冒頭、子供たちが母親に「会いに来る」。
しかしながら、その後の子供たちの様は一緒で、それぞれが仕事や家庭、あるいは経済的な事情で親の存在を忘却し始めてしまうのだ。
この映画の場合、母親が死んだ後の「家」や「美術品」が「東京物語」における笠智衆のような役割を果たしているようだが、相続するか売るかという経済的な壁がより強調されている。

さて、「東京物語」における原節子は、この映画の場合、誰なのか?
それが明らかになるあのラストシークェンス。もはや、これを撮るために本作を作ったのでは、というほどに美しく、幻想的ですらある。
風光明媚

パリ郊外の一軒家
庭が広く川に続く小径がある
映画の序盤子供たちがその狭くてゆるい下り坂を歓声をあげながら駆けて行く
その景色の緑の眩しさに魅せられます
美しいのは庭だけではなく家も家具も花も素朴で魅力的な物ばかりで 目を奪われます
景色や花器、インテリアを観ているだけで満足してしまいます
それに心地よい音楽と耳に心地の良いのフランス語
ずっと家で流していたいと思う映画です
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