ただのすず

キッチンのただのすずのレビュー・感想・評価

キッチン(1989年製作の映画)
3.8
青く柔らかい月光が降り注ぐ、優しいキッチン。

元気を出したい時のカツ丼、思いやりのおかゆ、色鮮やかな果物と魔法のジューサー、深夜の夢見るラーメン。和洋中なんでもござれ、夢のように美味しい食事をつくってあげる。

天涯孤独になった主人公がそういう関係ではない男と、その男のゲイの父親と不思議な共同生活をして生きる力を養っていくお話。よしもとばななの短編小説。

最初はアフレコかと思う演出で違和感があるけど、
徐々にそのセリフ運びが心地良くなる、小説の言葉を一音一句丁寧に伝えようとした結果のように思った、映画でよくありがちなセリフを聞き逃すということが一度も起きなかったから、映像と朗読を一緒に味わった気分。

今見ても洒落ている超高級マンション、車内を埋め尽くす花束、着尽せないほどの洋服、飽食と贅沢な暮らし。品の良いバブリーが楽しい。
だけど、どれほど美食が並ぼうと、孤独では美味しさを感じない。
拠り所がなくなることが如何に人の気力を奪っていくのか、噛み締めるように淡々と誠実な言葉と優しい映像で表現されていた。特に橋爪功さんの愛情溢れる母親役が素敵。

早朝や深夜、コトコトとなる鍋や包丁。
自分以外の誰かが生活する優しい香りと音色。
誰かの為に料理をするキッチンには幸せがつまっている。