ただのすず

椿の庭のただのすずのレビュー・感想・評価

椿の庭(2020年製作の映画)
4.2

夏、目映く白い日傘をさした祖母と孫が、海に向かって駆け出したシーンから、胸にどうしようもなくこみあげてくるものがあった。

ふいに、昔、大人になる手前に母と手を繋いで一緒に眠ったことを思い出した。もう大人になるのだから、母に甘えて子供みたいに一緒に眠るのも、きっとこれが最後だなと予感した。予感したとおり、この時以来、母と一緒に眠ることは、二度となかった。

冒頭から生き物が少しずつ少しずつ死んでゆく。
当前、巡っているように感じる春夏秋冬は一瞬一瞬が奇跡のようで、同じ時は二度と巡ってこない。
瑞々しい桃を食み、初夏の訪れに微笑み合ったり、
止めどなく舞い落ちる枯葉を夕暮れまで一緒に掃き清めたり、
あたたかい雨垂れの音色にうっとりと耳を澄ました日々も、虹も、椿も、藤の花々も、
人と、庭と、その暮らしがなくなれば儚く失わるもの。
それがこのお祖母ちゃんが愛してきた椿の庭で表現されている。

守れたものは、自分の手の内におさまった、たった二匹の金魚だけ。
命の色のような朱色があたたかで美しく、どうしようもなく哀しかった。
どうしてこんなに悲しくて悲しくて、切なくて堪らない映画を撮るんだろう。
涙が止まらなかった。
悲しいということは、美しいということを、知った。


写真家の方が撮った映画。
まるで自分が庭の中で、木漏れ日を見上げているような温かさのある映像だった。