ジャン黒糖

ファーストフード・ネイションのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

3.4
『トップガンマーヴェリック』の"ハングマン"役で一気に人気を決定的にした俳優グレン・パウエルの新作映画主演作が今年なんと3本もあるということで、このタイミングで彼の出演作を観た!

本作はビフォア3部作や『6歳のボクが大人になるまで』のリチャード・リンクレイター監督による"食の安全"を描いた、フィクションの社会派映画。
本作製作時、まだ10代だったグレン・パウエルの出演時間はたぶん1分もないチョイ役だったけど、彼の出演云々は抜きに、このタイミングで初見ながら観て良かったと思った!

【物語】
カリフォルニア州アナハイムに本社を持つ大手ハンバーガーチェーンのミッキーズ。
同社のヒット商品"ビッグワン"の牛肉パテへの、大腸菌≒フンの混入疑惑を受け、社長直々に本社からコロラド州にある工場調査に向かうよう命じられるマーケティング部門責任者のドン。
最先端設備が整った工場、出入り時の徹底した洗浄の様子を見た彼は、一見して疑惑は杞憂と思ったが、現地調査を続けるうちに食の安全性や社会格差、移民問題等、様々な問題点が見つかっていき…

【感想】
本作は主に3人の人物を中心に展開される群像劇である。

本社から現地に訪れるドン。
ミッキーズで接客バイトをしていたアンバー。
そしてメキシコからの移民であるシルビア。

本社と生産・加工・販売拠点、マクロ視点とミクロ視点、地域・社会格差…
様々なレイヤーから語ることのできる作品で、たしかに元々リチャード・リンクレイター監督の散文的な語り口が活かされた構成ではある。
ただ、正直全てのキャラが上手く捌き切れているようには見えない。
なんならこの問題に対するミッキーズの落とし前はどうなるかは丸々描かれていない。
特に主要人物の1人、ドンが中盤で物語自体から退場してしまう構成には驚いた。
ただ、それも含めこの作品の、グローバルに展開するファーストフード業界が抱える一言では片付けられない構造上のある種歪なバランスを描くにあたって、作り手もあえて綺麗に捌こうとはしていないような意図も感じた。

本社側≒マクロで捉える側は中盤、この問題に簡単には手を出せない事実を前に愕然とし、その場では結論を諦めてしまった、と自分は思った。
この、彼が愕然とする決定的瞬間を相手するのがブルース・ウィリス演じるハリーで、彼は精肉工場側との交渉などを担う本社の人間として工場の実態、労働環境を1番理解していながら見過ごしてきた。
ここでのドンとハリーの会話は、フィクションとはいえどこか脳裏に記憶している現実での(しかも日本での)騒動ともリンクする、前半を占めるに相応しいスリリングな展開で引き込まれた。
流石はブルース・ウィリス…!

そして物語後半はドンの退場に象徴される、本社側が見捨てた、この問題の闇深い暗部≒雇われる側の物語を掘り下げていく。
前半が問題の全体像、後半が最深部を捉えるなかで物語の語り手もドンからアンバー、そしてシルビアへとスイッチしていくサマがスマートである一方でいずれの物語にも問題に対するアクションの結果が描かれない、意図的にシコリののこる歪さがある。

アンバーが変えられると思った変革の無惨な無意味さ、シルビアがここだけはと回避したかったけれど生活の為ならと手段を選べなかった勤務先で目にした光景。
ラスト10分ほどの描写に作り手のメッセージは込められていると思った。

ビフォア3部作や『6歳のボクが大人になるまで』、『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』など、人生における不可逆な時間の経過のなかでの"一瞬""ひととき"を切り取ることで人生の有限性を描いてきたリチャード・リンクレイター監督が、本作では食のサプライチェーンという後戻りの難しい、不可逆性の高いプロセスのなかで個々のレイヤーにおいて生じている課題を切り取ることで問題の複雑さを描いた、という構図自体が大変興味深かった。


これを観た直後にファーストフードは行けない。
ヴィーガンの人たちの気持ちもわからなくもない、とこの映画を観て思った。

ただ結局は忘れた頃に自分は絶対マックに行くことになる。
食の安全性、を謳うのは企業の重要なミッションであることを日本マクドナルドの低迷とV字回復の繰り返しである数十年の歴史を見ていても痛いほどわかる。
本作はそんな"食の安全性"が、サプライチェーン上の労働環境、賃金格差、移民…等様々な角度から見ても問題ないのか?という構造上の問題に目を向けさせる。
観て良い映画だった。



ちなみに、脇役もいまとなってはちょっと驚くような配役で、たとえばアンバーの学校の友達でもありバイト仲間でもあるブライアンを演じるのはポール・ダノ。お前!!ドンになんというバーガーを提供しちまったんだ…それに対するドンのリアクションがないのもこの問題のリアルさで恐ろし…。
そしてブライアンとアンバーの友達役には登場シーンがめちゃくちゃ短いながら、若いころのグレン・パウエル!わかっ!!
アンバーの母にはパトリシア・アークエット、叔父さんはイーサン・ホークで、本作が撮られた時には既に並行して撮られていた『6歳のボクが大人になるまで』の夫婦役が姉弟役で出てたとは!

アンバーが働くコロラド州の店舗でフランチャイズオーナーを務めるトニー役は昨年の『ミッション:インポッシブル/デッド・レコニングPART ONE』の悪役ガブリエルが記憶に新しいイーサイ・モラレス。

精肉工場のライン管理をしているプレイボーイ、マイクを演じるのは『アントマン』でトニーの元妻と結婚した刑事ジムを演じていたボビー・カナヴェイル!コイツも終始腹立たしい役ながら、彼は彼でメキシコからやって来て叩き上げでキャリアを築いた分の生活を守るために切実な部分も垣間見せる。憎い!!
メキシコからの移民をアメリカへと連れて行く怪し過ぎる運び屋ベニーを演じるのは、Filmarksに登録されている作品数以上に絶対見覚えのある、一度顔を見たら忘れられないインパクトのあるプエルトリコ出身俳優ルイス・ガスエル!

そしてそして、アンバーと一緒に学生運動をしていく仲間の1人になんと!そのまんまのアヴリル・ラヴィーン!!!!見た目がそのまんま彼女過ぎて役作りとかそんなもんかと驚くけど、役柄は別に本人と関係はなく、しかもコレと言って棒読み演技でもなく、自然と映画に溶け込んでた笑


うーん、この映画、日本だってもう他人事ではないぐらいに労働環境は変化していってますからね、末恐ろしい映画だなと思った!
善悪の問題じゃない、利益追求の構造上の問題だ。
ジャン黒糖

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