デニロ

関の彌太ッぺのデニロのネタバレレビュー・内容・結末

関の彌太ッぺ(1963年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

1963年製作公開。原作長谷川伸。脚色成澤昌茂。監督山下耕作。

川の土手沿いに花を摘む少女。中村錦之助がその少女に声を掛ける。きれいな花だね。この辺りから先は『フランケンシュタイン』の怪物の物語をなぞっているんじゃないかと思った。そのすぐあと少女は足を滑らせたのか流れの早い川に落ちてしまう。慌てた父親の声を聞いた錦之助がすぐさま飛び込み少女を救う。娘から目を離しちゃ駄目じゃないか。大事な手紙を書いていたもので。娘より大事なものなんてあるものかい。実に気風のいい男前。錦ちゃんカッコいい!!というのも分かろうというものだ。でも、少しばかりおっちょこちょいの気もあって、びしょ濡れの着物を脱ぎながら生き別れた妹のために博奕で貯めたこの懐の50両、なんてことを見知らぬその父親に話してしまうと、その男にその50両を盗まれてしまう。

盗まれたことに気付かぬままでいたところに、その父娘を追っているやくざ木村功にふたりの消息を聞かれるも、いいや知らねえ、と義侠心でとぼけるが、木村功曰く、路銀10両奪われた、に間抜けな奴と冷笑したものだが、着替えていると、はて自分の胴巻きがない、やられたとようやく気付く間抜け振り。追いかけてとっ捕まえるのだが、腕でと勝負を挑まれて争っていると、木村功が現れて後ろから袈裟懸けに叩き斬ってしまう。金は娘から取り返したと木村功は去って行くのだが、残された娘をかくかくしかじかで宿屋沢井屋に連れて行ってくれ、と息も絶え絶えの父親大坂志郎に頼まれてしまう。この辺り『大菩薩峠』のシチュエーションではあるまいか。何も知らない娘に、/この娑婆には辛い事、悲しい事がたくさんある。だが忘れるこった。忘れて日が暮れりゃあ明日になる…ああ、明日も天気か/と励ますしかない。

10年後

件の娘お小夜は錦之助の必死の頼みに感じ入ったのか沢井屋の女将に受け入れられていた。しかもお小夜は失踪した娘の子だとわかる。孫娘と知った女将に花よ蝶よと育てられ、街でも評判の美しい女性となっていた。で、美しくなったお小夜を演じるのが十朱幸代。このあたりはどうかと思うが。

さて、錦之助の生き別れた妹は女郎として売られていたことが分かり駆けつけるのだがすでに肺病で亡くなっている。こころの張りをなくした錦之助にもはや昔の面影はない。荒んだ生活。旅から旅へと食客となりつまらぬ抗争の手助けをして1両2両の金を得る。そんなある日、抗争に駆り出されるとその相手方の助っ人に木村功がいる。示し合わせて職務放棄するのだが、その道々、昔、錦之助が助けた娘お小夜が助けてくれた恩人を探しているということを耳にする。知らぬ存ぜぬを決め込んでいる錦之助だったけれど、木村功がなりすまして沢井屋に入り込みお小夜に迫っていると聞くと棄ててはおけません。

このまま旅に出ろと諭すも木村功は長ドスに賭けるという。俺はお小夜に惚れちまったんだ、こればっかりは兄いの言うことは聞けねえ。泣きの涙で弟分を始末して沢井屋に向かい、もうあの男はここへは戻りません、と告げて去ろうとするところ、女将は何か気になったのかお小夜にあの旅人に見覚えはないかい、と尋ねるも10年前の子どもの記憶と荒んだ錦之助の今の面立ちが結びつかない。観ているこちらは、何で気付かないんだとこぶしを握り締めせっつくのですが、とうとう錦之助は背中を向けます。/この娑婆には辛い事、悲しい事がたくさんある。だが忘れるこった。忘れて日が暮れりゃあ明日になる…ああ、明日も天気か/・・・・!!とうとう幼い記憶を呼び覚まされたお小夜は気付くのです。ここで劇場内はカッと熱くなり空気が変わります。

ラスト。沢井屋の皆々の呼びかけから逃げるように背を向け、かつて裏切り職場放棄した飯岡一家とのやくざ者のけじめの場にひとり赴く錦之助。待ち構える飯岡一家を描くシーン。美しい夕焼け。子分の真ん中で陣取る親分。枯れ草に流れる風。気負っている子分たち。山に帰るカラスの群れ。まるでエイゼンシュタインのモンタージュのよう。そして、待ち構える彼らに向かっていく中村錦之助を背中からカメラは固定で捉え続ける。そこに暮れ六つの鐘の音が被り、まるで『シェーン』のラストさながらの死のにおいです。

ラピュタ阿佐ヶ谷 Laputa Asagaya 25th anniversary ニュープリント大作戦!にて
デニロ

デニロ