マチュー

宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島/決闘巌流島のマチューのレビュー・感想・評価

4.9
映画『宮本武蔵』といえば内田吐夢と萬屋錦之介の5部作が有名で、僕もこいつは凄いと思って観た記憶がある。
一乗寺の凄まじい血戦や巌流島の仕合――あまりに有名な台詞「小次郎、やぶれたり」「惜しや小次郎、散るか。はや散るを急ぐか」ねっとりとした萬屋節で言い放ち、それを受けて激昂する高倉健の「黙れっ!」と名刀物干し竿をかまえる紅い陣羽織姿も目の裏によみがえる。
(あの、何もかもが無粋でトンチンカンだったNHK大河ドラマ史上最大の珍作『武蔵』は、「小次郎やぶれたり、勝つつもりならなぜ鞘を捨てた!」と言う市川武蔵に対して、ひねりも面白みもないことばで言い返す松岡小次郎が失笑を誘うのだが、それはのちの話だ)

縄田一男だったか、誰か――血で血を洗って最後に手のひらをべったりと血で濡らした武蔵が島からの帰りの舟に揺られながら達成感よりも限りない撲殺の苦さ、武道の名にかくれた殺し合いの残酷さに思いをはせるラストを据えた5部作は、青春の挫折を描いているのだという論を展開していて、なるほどねと思ったことがある。
もちろん吉川英治の書いた小説のラスト――魚歌水心、も僕は好きだけれど、青春の挫折論を読んだあとでは内田&萬屋の武蔵がすっかり決定版になってしまった。

そういうわけで、稲垣浩と三船敏郎の3部作は、たしか第1部がアメリカのアカデミー賞をとったのだ――というほどのことしか知らなかったんだけれど――華やかな女優陣。いかにも昭和の娯楽大作ばかりを撮ってきた名匠らしい、どっしり構え、しっかり撮り、ゆーっくり引っ張って泣かせるメロウな稲垣演出。
鶴田浩二演じる佐々木小次郎の憎めない敵役な感じもよく、なかなか魅せる。
ファーストシーンに、この映画の素晴らしさはすでに凝縮されていてお腹いっぱいである。総天然色の色あざやかな川べりで、妙技つばめ返しを見せる小次郎、ヨヨと泣きくずれる岡田茉莉子、こにくらしい台詞1発――。

けれど何よりも、僕がこの映画で目をみはったのはクライマックスの巌流島の決闘だった――というのは当たり前のことかもしれないけれど。何しろクライマックスだ、僕らのDNAにすりこまれた、一世一代の剣豪同士の大決闘なのだ。
ただ、この映画の場合、ダイナミズムを感じるのと同時に、とても美しい決闘シーンとして僕の記憶に残るだろう。
「小次郎やぶれたり」「何!なにをもって!」「勝つ身であれば何で鞘を投げ捨てむ」「黙れっ!」――という例のやり取りはない。
物干し竿がきらめき、木剣がうなり、しばし打ち合いが演じられ、あるところで動から静へピタリと決まり、ジリジリと横移動である。
明け染める早朝の海。太陽の曙光が輝く時の推移をリアルタイムで見せながら、陽を背負ってじっくり木剣を構える三船武蔵。強烈な朝焼けに目をゆがませる鶴田小次郎の顔。
そしてヤーッ!と一瞬の交錯。剣が互いを傷つけている。三船武蔵は額に小さな裂け目をつくり、険しい顔で宿敵を見据える。鶴田小次郎は太刀がとどいた手ごたえと死を同時に感じ、蒼白な顔でニヤリ。
素晴らしいリズムだ。

今年最初の1作がコレだった。良い時間を過ごした。ハッピーニューイヤー。
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