マチュー

ザ・キラーのマチューのレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
4.0
予告編を見た感じ、ベンアフの『ザ・コンサルタント』のオシャレ版みたいなのをイメージしていた。

精神面にちょっと難があって、殺しの仕事に異常なこだわりを持つプロのキラーが何やかんやシステマティックにスタイリッシュにこなしていく……みたいな。

だって、キラーを演じるのは他ならぬファスビンダーなんですよ?『エイリアン コヴェナント』のデイヴィッドですよ、マクベスであり、マグニートーなんですよ?


でも、良い意味でといっていいのかどうか、予想は裏切られる。
なんか、わりと笑える映画だったのである。

予告編からして内面の声を吐露するキャラなんだなというのはわかっていたし、確かにしょっぱな、朝ぼらけのパリの貸しオフィスみたいなところで向かいのホテルを監視しながら『パリの朝はゆっくり明けてゆく…』みたいなことを気取ったイケボで喋り、フィンチャーならではのクールな色調でその姿が捉えられているのだが、なんかファスビンダー顔疲れてね?と思う間に、なんとウトウトうたた寝しちゃうのである。

寝て起きたらまだ標的は現れない。
外に出てマックを買いに行く。
マックひとつ食うにも『手っ取り早くタンパク質を摂れる優れた食べ物だ』的な気取ったことをイケボで語りつつ公園でのんきに食事を楽しみ、スミスを聴いたりヨガっぽいことをしたりして1日を満喫し、硬そうな台で寝ようとするものの眠れずに寝返りを打つ。

そして眠れずに起き上がると、ちょうど標的が向かいのホテルに現れる。
バタバタとライフルを組み立て、『計画的にやれ、予測しろ、即興はよせ…』等々と自分に言い聞かせ……。

しかしこのへんから、なんか「こいつほんとに大丈夫?」感が強くなっていく。

映像やモノローグはバキバキにかっこいいのに、ファスビンダー演じるキラーは何となくソワソワしていて、かっこよく語れば語るほどアホにも見えてくるというか、「脈拍60以下じゃなければ仕事しない」とか言いつつ完全無視で引き金に指をかけ、挙句ちょっとタイミングをミスって外してしまい、あとはもう「ややややべっ…」という感じで焦ってソソクサと片付け、撤退に移るのだった……。


なんかイケボで偉そうに語り、“非凡な最強の天才キラー”感を醸し出しつつも、実は平々凡々たる我々の隣人である。
普通に恋人もいるし、彼女の兄とも良好な関係を築いており、仕事をミスった自分の身代わりに彼女がボコボコにされたと知るや否やカーッと頭に血がのぼっちゃう熱い男でもある。決して冷徹な殺人マシーンではない。

僕らもおそらく社会で出会ったことがある、得々とした顔で“仕事の哲学”を語りつつ、実は飛び抜けて天才的な仕事ができるというわけでもない並の労働者……というよくあるタイプの人間なのだ。

そして、そういう人がはたから見ると何となく滑稽に思えるのと同じ理屈で、ファスビンダー演じるキラーも必死のパッチで頑張って殺しまくっているのだが、何となく滑稽で、妙に人間くさくてちょっと親しみが湧いてしまうのである。

大体このキラー、“仕事の哲学”をやたら語りたがるやつが往々にしてそうであるように、言行不一致ぶりがいささか目立つ。

決して仕事が出来ないやつというわけではなく、それどころか最初の殺しをミスった以外は手際よく片付けていくのだが、いちいち内面で語る言葉と実際の行動に釣り合いが取れない。

たとえば脈拍数なんか、殺しに向かおうとするといつでも60を超えちゃってどうしようもない……というわけで途中からはApple Watchを外してしまう。

そして、パリからドミニカ共和国へ、アメリカへ……と移動を繰り返す中、どんどん顔つきが憔悴していく。

表情ひとつ変えずに過酷な闘いに身を投じるジョン・ウィックやロバート・マッコールなどとは本質的に異なる。

標的と言葉を交わすたびに『感情移入するな、感情移入は弱さを生む…!』と必死に自分に言い聞かせ、おそらく内面ではすごく葛藤している。盛んに頬をピクピクさせているのがその証拠だ。

というわけで、フィンチャーらしくあくまで陰影がバッチリ決まったかっこいい筆致で殺しの仕事を描きつつ、ちょっぴり涙ぐましいまでに人間くさいキラーがここにいるのだ。


ちなみに、ティルダ・スウィントンという人はつくづく映画向きの顔をしているよね。

彼女とファスビンダーが向き合う場面は、それまで何ならちょっとニヤニヤしながら観ていた僕の背をピンと伸ばすに充分なピリッとした空気があった。
ティルダの油断ならない顔と目つき、そしてファスビンダーがグロックを握った右手をテーブルの下にやっているのが「今か今か…」という緊張感と不安感を高める。
何だか異質なシーンで心に残りましたね。
マチュー

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