真一

はだしのゲン2の真一のレビュー・感想・評価

はだしのゲン2(1986年製作の映画)
2.4
 言わずと知れた中沢啓治原作「はだしのゲン」の劇場版アニメ作品です。2023年8月6日の本日は、広島への原爆投下からちょうど78年目。というわけで、これを見ました。でも、原作が放つ反ナショナリズム、反戦平和の強烈なメッセージは感じられず。残念です。

 本作品は、原爆が投下された直後のゲン一家の惨状と、悲しみを抱えつつも懸命に生き抜くゲンの姿を中心に描いている。臨月を迎えていたゲンのお母さんは、死体があちらこちらに転がる地獄のような焼け野原の片隅で、ゲンの妹を出産。父親も姉も弟も原爆で失ったゲンは、栄養失調に陥っている母親と、生まれたばかりの妹のため、食べ物を探しに市内を歩き回るというストーリーだ。

 この劇場版アニメは、ゲンが人々の良心に支えられながら、巧みに食料を調達していくプロセスに焦点を当てている印象を受けた。大地主の老人が、病床の母親のためにコイを盗んだゲンを不問に付す場面は、その典型だ。資産家の男性が、死にかけている弟の世話をしたゲンに高額のバイト料を渡すシーンも、それに当てはまる。

もちろん原作も、コイ泥棒や高額バイトなどの「成功体験」に触れているが、そうしたシーンは、ごく一部だ。原作のゲンは、ほとんどの場合、極限状態の下でエゴをむき出しにした大人たちから、冷酷で陰湿な仕打ちを受けていた。劇場版アニメは、原作が伝えるそうしたリアルな風景を丸ごと省いているように思えてならない。リアルを追及すると、陰鬱で胸くそ悪い内容になりかねないと危惧したのだろうか。いずれにせよ「戦争は人間の醜さをあらわにする」という原作のメッセージが、劇場版アニメに反映されているとは言い難い。

 さらに、なぜゲンが軍国思想に染まらず、正義や良心を大切にするかの掘り下げがない。当時の恐るべき同調圧力にゲンが屈しないのは、言うまでもなく、周囲から「非国民」と蔑まれても戦争反対を訴える頑固な父親の影響を受けためだが、劇場版アニメではそのくだりがほとんど描かれていない。この時代に「非国民」と呼ばれ、警察に引っ張られても平気な顔をするのは並大抵のことではない。そうした背景を盛り込まなければ「はだしのゲン」は「はだしのゲン」たり得ない。

 さらに決定的なのは、朝鮮半島出身の朴さんとのエピソードをそぎ落とした点だ。朴さんにヘイトスピーチをぶつけたゲンたちが、父親に説教されながらレイシズムの醜悪さを学ぶくだりは、原作における最重要シーンの一つだ。日本の朝鮮半島支配も、米国の対日原爆投下も、背後にレイシズムがあるという厳然たる事実を指し示しているところに、原作の真骨頂があるはずだ。それが、劇場版アニメにはない。というわけで本作品は、あまりお薦めできません。映画「ひろしま」を鑑賞した方が百倍いいと思います。
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