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潜水服は蝶の夢を見るのNMのレビュー・感想・評価

潜水服は蝶の夢を見る(2007年製作の映画)
4.3
すごい映画。
こんな作品は初めて観た。

主人公が左眼以外は全身麻痺で、
かつ主人公の視点で語られる。
しかも実話を元にした作品だとは。

ジャンドーことジャン=ドミニクは
ファッション誌ELLEの編集長としての
華やかな生活を送っていたが
突然脳溢血に陥り、
一転、
眼以外動かせない状態に。

しかし耳は聞こえるし、
意識も記憶もしっかりしている。
それなのに意思表示がままならない、
というイライラは想像を絶するだろう。

そのうち右眼に異常が見つかり
まぶたを縫われ、
残りは左眼のみ。

もうだめだと絶望する。

テレビを観せて、とも言えない。
ジョークが面白くても笑えない。
子どもたちに対する様々な思いも
とても伝えきれない。

やがて彼は
まばたきで言葉を伝える訓練を積み、
自伝小説を書くことを決意する……。

主人公の視点をメインにしており、
かぶらされた帽子で視界が遮られたり、
涙で視界が滲んだり、
機嫌が悪くなれば
ふいと明後日の方向を見つめたりする。

これでは主人公に感情移入せずにはいられない。

医師が悪気なく「車椅子が似合いますよ」と言い放ったり、
療法士に「舌を動かして。そう、上手よ」と
赤ちゃんのように扱われたりと、
いくら職員たちに悪気はなくとも、
日々、否応無しに自己の尊厳は失われていく。

次々と仕事がある人と、
考える時間がいくらでもある人とでは、
言葉の受け止める重さが全く違う。

多大なストレスを、
少しも発散することもできないとは
どれだけつらい状態だろうか。

まるで自分が自分の身体に閉じ込められているような感覚は、
潜水服でも着ているかのよう。

しかし彼は、想像の世界の中では、
蝶のごとく自由に動き飛び回る。

その楽園のような想像上の世界と、
現実が交互に入れ替わり、
よりいっそう現状の残酷さが際立つ。

印象に残ったのは、
昔、飛行機の席を譲ったピエールの存在。
譲ってあげた便はハイジャックされ、
ピエールは4年も人質となった。

ジャンドーは
彼の帰国を知っても、罪悪感から
会いに行かなかったことを
激しく悔いていた。

その彼が真っ先に見舞いに来てくれた。
彼はジャンドーの状況に共感を覚えただろう。
強く優しい人物だ。

ワインのプロだった彼は捕まっている間、
ワインの銘柄を日々心の中で唱え続けた。
そのお陰で精神を壊さずに済んだ、と語る。

また、老いて身体が衰えた彼の父親も、
自室に閉じ込められているのと同じだと語り、
息子にシンパシーを覚え悲嘆に暮れる。

言語聴覚士や書籍執筆のアシスタントらが話す
仏語アルファベットがいちいち美しかった。
初めは英語で制作を予定していたそうだが、
変更して成功したようだ。

また、
元はジョニー・デップ主演で制作を進めたものの、
スケジュールが合わずマチューが抜擢されたそう。
ジョニデ版などリメイクも観てみたい。

捉え方は人によるが、
私はあまりにも悲しく感じた。
彼がその楽園で蝶のように飛翔していることを
願わずにいられない。
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