天豆てんまめ

ダークナイトの天豆てんまめのレビュー・感想・評価

ダークナイト(2008年製作の映画)
4.5
ダークナイトという映画はクリストファー・ノーラン監督の完璧な作劇と映像世界と、演技を超えて最早、神がかり的にある象徴的な存在となったヒース・レジャーのジョーカーが共存した、もう2度と作られることの無い領域に踏み込んだ傑作だと思う。

作劇としても、冒頭のシークエンスから一気に巻き込まれ、ジョーカーの仕掛けたトラップにバットマン同様、私達もはまっていく構図だ。バットマンの素顔か、市民の命か。ハービーの命か、レイチェルの命か。弁護士の命か、病院の爆破か。市民の命か、囚人の命か。次々と死の二択を迫られ、善悪の境界が見えなくなってくる揺らぎと不安が蔓延していく。まさにジョーカーがこの映画を支配していると思う。

この映画を伝説にした最大の立役者のヒース・レジャーは、作品公開を待たずして28歳という若さで突然この世を去ってしまった。ご存知のように、薬の併用摂取による突然死だった。

不適切かもしれないが、私はこの言葉を浮かべる。「狂気の深淵を覗く者は、同時にまた、狂気からも覗かれている、、」ヒース・レジャーのジョーカーの役作りと死の因果を邪推してはいけないと思いつつ、彼が生前、ジョーカーを演じることを心配していたと語っていたことを聴くと、胸が苦しくなる。

彼は数週間ホテルの部屋にこもりきって、深く深くジョーカーの役作りにのめり込んだ。びっしりと書き込まれ、遺された日記には「時計じかけのオレンジ」のアレックスの写真が至る所に貼られていた。数少ない彼のインタビューではこう語ったそうだ。
 
「約1ヶ月間ロンドンのホテルに閉じこもって座り続け、小さな日記をつけながら、いろいろな声を演じてみた。とにかくあの独特の声と笑い方を追求することが重要だったんだ。それでついにあのサイコパスの領域にたどり着いたんだ、良心のかけらもないあのジョーカーのね。彼は絶対的な反社会主義者で、冷血で、大量殺人を犯す道化師だ。監督のクリスはすべて僕の思い通りにさせてくれた。すごく楽しかったよ、実際にジョーカーが何を言い、どんな行動をするかの境界線がないんだからね。彼を怖がらせるものは何もないんだ。全部冗談だけど、、」

その後、こちらの心の奥底を不安にさせるようなあのメイクも自分で塗りたくって完成したらしいが、メイクアップテストの写真も日記に貼られ、そのページの裏にbye-byeと書き込まれていたそうだ。

この映画を観る時は、いつもヒース・レジャーが演技を超えた完全なる存在として、私たちの前に現れてくれる。

その哀しい宿命と奇跡の存在を、私はこれからも人生において、何度でも何度でも目撃したいと思っている。