さいとぅおんぶりー

アワーミュージックのさいとぅおんぶりーのレビュー・感想・評価

アワーミュージック(2004年製作の映画)
5.0
通算3回目の視聴。アワー・ミュージックは、ダンテの「神曲」を準えて地獄・煉獄・天国の三部で構成されている。だがそこには物語ではなく、語ることの不可能性が据えられている。映画はここで、語るためではなく、「語ることができるのか」という問いを投げかける装置として立ち上がる。

ゴダールが講演で反復する、フィールド/カウンターフィールド。映画の基本構造をなぞるこの語は、映像言語の外側へと拡張される。歴史を語る者と語られる者の分断であり、暴力の片側しか映さないまなざしへの問いであり、沈黙した他者の不在に対して応答できるかという倫理の問題でもある。我々はショットで世界を見ていないか。リバースショットはどこにある。誰が答え、誰が沈黙しているのか。

そしてフィールドとカウンターフィールドの間に挿入される暗転。それらは単なる断絶ではなく、映像の媒体が生み出す「行間」(詩)であり、何も映されないことで観客の内側に「映されるもの」を問う形式となる。その闇の中で、観る者は問われる側に回る。語りの不在、応答の留保、その時間こそがこの映画の構造の核であり、映画に出来る事なのだろう。

引用される詩、映像、歴史。断章たちが構成するのは、語り得ぬものたちによる、映画という形式の「不協和音」であり、その不可能性と共に語り続けた作品。ゴダールの作品は半分も観てない癖にアワーミュージックだけは繰り返し観たくなる、天国いきたい。