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愛しのタチアナのnetfilmsのレビュー・感想・評価

愛しのタチアナ(1994年製作の映画)
3.9
 大柄な男はタバコを吸いながら、窮屈そうにミシンと向き合う。少し手狭な部屋に、男と母親とは背中合わせに黙々と仕事に励むのだが、コーヒー中毒の男は母親の小言に腹を立て、彼女を部屋に閉じ込めカギをかける。40過ぎて母親にまったく頭の上がらない男の考え得る細やかな抵抗。彼が行く場所は一つしかない。ヴァルト(マト・ヴァルトネン)は途中、コーヒーボトルを購入し、修理に出していた愛車を受け取りに友人の修理工である工レイノ(マッティ・ペロンパー)を訪ねる。革ジャンを羽織り、ポマードの匂いを漂わせるバイカーで、ロックンローラー気取りの男はジョニー・キャッシュの言葉を頼りに、2人旅に出掛けるようと提案する。車中の男たちに会話らしい会話はほとんどない。やがて2人は立ち寄った店でエストニア女性タチアナ(カティ・オウティネン)とロシア人女性クラウディア(キルシ・テュッキュライネン)に出会う。2人の女は祖国へ帰るために、港まで連れて行ってくれと2人に助けを求める。こうして2人から4人にあっという間に数が増えたロード・ムーヴィだが、相変わらず意固地で会話らしい会話はほとんど見られない。運命の出会いの始まりは、いつもこんなものなのかもしれない。

 エレイノはタチアナに出合い頭に恋をするが、男は女にからっきし弱かった。修理工として黙々と働く労働者エレイノにはおそらくヴァルトくらいしかまともな友達もいないのだろう。女を優しくエスコートすることも、どう会話して彼女の緊張を解すのかも男はまったく心得ていない。ロックンロールやバイカーたちは得てして、女は男の3歩後ろを歩けのような男尊女卑を美談と捉えるからなおさらたちが悪い。男は女に「好きだ」の言葉も言い出せないまま同じ車に乗り、同じ店で食べ、同じホテルの同じ部屋に泊まる。同じ部屋に泊まるのなら男同士、女同士でも良さそうだがそこは多少の欲望が滲むのだ。それでも奥手の工レイノは所在なさげにまごまご立ち止まると、椅子にどかっと不貞寝して見せる。対面での食事の席でも、BOX席の上には白い煙が充満し、一向に距離を詰められない4人の姿が可笑しい。永遠に続いて欲しい4人のロード・ムーヴィーだったが、車で走ればいつかは港に着いてしまう。カフェイン中毒者は白い煙の中で楽しそうな4人の夢を見る。ヴァルトも母親のような体型をした女に出会うのだけど、親友のように結ばれることもなく、ミシンのペダルを踏む彼の後ろでは、不機嫌そうな母親の咳払いが聞こえる。映画はそんな夢とも現実ともつかない状況を、奇跡のようなバランスで紡ぎだす。
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