一人旅

モレク神の一人旅のネタバレレビュー・内容・結末

モレク神(1999年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

アレクサンドル・ソクーロフ監督作。

現代ロシアを代表する映画作家:アレクサンドル・ソクーロフによる「権力者4部作」の第1作目で、独裁者アドルフ・ヒトラーの山荘でのひと時を描いて時の権力者の素顔を明らかにしていきます。

ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーが、腹心の部下であるヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相とその妻:マグダ、マルティン・ボルマン官房長らと、愛人エヴァ・ブラウンが暮らすドイツ南部、オーストリアとの国境付近にあるベルヒテスガーデンの山荘を訪れ、気の許せる彼ら少人数の仲間と束の間の余暇を愉しむ姿を描いた異色のドラマで、世紀の虐殺者として歴史に名を刻んだアドルフ・ヒトラーの裏の顔を浮かび上がらせています。

一般的な戦争映画で描かれるヒトラー像とは大きく異なり、本作のヒトラーは戦争の陣頭指揮を執るわけでもなく、ただひたすらに愛人のエヴァや側近たちと会食したりピクニックに出掛けたりと“オフ”のひと時を愉しむ姿が描写されます(時々、差別主義者&大量虐殺者としての一面も覗かせますが)。ドイツ国民が熱狂するカリスマとして、そして無数のユダヤ人に対する虐殺者として第三帝国に君臨したヒトラーの“非戦争的な日常”をぼんやりとした白昼夢のような映像の中に淡々と映し出しています。ドイツで神格化されたヒトラーという存在も、結局は私たちと同じ“只の人間”であったという事実をつぶさに見つめた作品で、これはエレム・クリモフの傑作『炎628』(85)のラストシークエンスで見られたものと同じ手法であります。

ヒトラーという異次元の存在(悪)を私たち観客と同じレベルまで落とし込んで描き出すことで、ヒトラーが他でもない当時のドイツ国民による作為的な創造物であったことを克明に浮かび上がらせた異色の戦時ドラマで、本作のロケーションには現存する総統専用ティーハウス「ケールシュタインハウス」が使用されています。
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