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洲崎パラダイス 赤信号のkaomatsuのレビュー・感想・評価

洲崎パラダイス 赤信号(1956年製作の映画)
3.5
売春防止法施行前夜、現在の東京都江東区に存在した赤線地帯「洲崎パラダイス」の入口付近に住まう人々の悲喜こもごもを描いた作品。川島雄三監督お得意のスピーディーなカメラワークが冴え渡っている。

「これからどこに行こうか…」と、行く当てのない蔦枝(新珠三千代)と義治(三橋達也)の二人。蔦枝は、渋る義治を尻目に、半ば強引に、州崎パラダイスの入口にある飲み屋「千草」に行き、一人切り盛りする女将のお徳(轟夕起子)を手伝うことに。なかなか仕事にありつけず悶々とする義治も、お徳の口利きで、近所の蕎麦屋で働くことに。蔦枝は、仲良くなった飲み屋の常連客のもとへ去ってしまうが、やはり義治のことが忘れられず、千草に戻ってくる。一方の義治は、去っていった蔦枝を探しに、相手の男が勤める秋葉原界隈を歩くが、なかなか見つけ出せず、二人はすれ違う。そして、繊細で不器用な義治を優しく見守る、蕎麦屋の娘・玉子(芦川いづみ)。ある日突然、女をつくって出ていったお徳の亭主が戻ってくる。お徳は、亭主との生活をリスタートし、幸せな日々を取り戻す。そんな矢先、近所で殺人事件が発生。もしやと、蔦枝と義治を心配したお徳が、事件現場に来てみると、被害者はその二人ではなく…。

何と言っても、新珠三千代演じる蔦枝の、色っぽくも溌剌とした自由気ままなキャラクターの魅力が爆発している。特にオカシイのは、以前はおそらく洲崎パラダイスの遊郭で働いていたとおぼしき蔦枝が、轟夕起子扮する女将・お徳が切り盛りする飲み屋を半ば強引に手伝い始めた途端、蔦枝の前職のクセがそのまま出てしまい、店に来る男に愛嬌と色気を振りまきまくった挙げ句、それまでのしがない一杯飲み屋がキャバレー様に変貌してしまうところ。そんな蔦枝を見て、嬉しいような、困ったような表情をするお徳を演じる轟夕起子は、元宝塚の気品が光る、本当に素敵な女優さんだ。芦川いづみの可憐さも、ピンポイントながらも、本作の見どころ。義治役の三橋達也は、観ていてイライラするほどの、うだつの上がらない優柔不断なダメンズを好演。

一つのシークエンスを細かく丁寧に演出しながらも、物語に不要な部分はバッサリと省略し、全体にクールなテンションと間合いによる、絶妙なメリハリ感を効かせる成瀬巳喜男監督や小津安二郎監督の作風を好む私にとっては、『幕末太陽傳』といい、『暖簾』といい、そして本作といい、登場人物がとにかくしゃべり倒し、大げさに感情表現し、場面の省略や間合いよりも、シークエンスそのものをせわしなくスピーディーに回転させる川島雄三監督の演出術は正直、個人的には肌が合わない。ただ、ヒロインの新珠三千代は言うに及ばず、轟夕起子、芦川いづみの存在感がとにかく素晴らしく、彼女たちが微妙に絡みながらも、三者三様の生き方を示唆していくあたりは、見応え十分。あと、屋外のシーンが多いので、江東区や秋葉原界隈などの、当時の街並みを観ることができるのは、とても貴重だ。赤線の内側で働く女性たちの生き様を捉えた『赤線地帯』と対比して観ると、より興味深い発見があるかもしれない。
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