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紀子の食卓のundoのレビュー・感想・評価

紀子の食卓(2005年製作の映画)
4.3
輪の中で担う役割。

フォロワーさんからお勧め頂いた作品。
VS園子温 第2ラウンド。カーン!

なぜ臨戦態勢なのかというと、この監督が観る人に対してガチ勝負を仕掛けてくる人だということが「自殺サークル」を観てわかったから。常日頃、映画は監督との闘いだと感じている私としては望むところっス。あ、ちょっと燃えてます。

本作は、「自殺サークル」の前日譚にして後日譚。つまり同一世界。というか、本作の原作が、小説「自殺サークル完全版」。あ、ちょっとややこしいです。

同一世界のため、もちろん、女子高生54人の一斉飛び込み自殺も、この世界に起きた出来事として描かれる。
この出来事の裏側などをはじめ、「自殺サークル」の世界の謎は、本作でかなり補完される。
ただし、全容が解明されるわけではない。

タイトルだけ見れば、まるで小津作品のようだが、本作も広〜い意味でのホームドラマ。ただし描かれるのは、とある家族の崩壊とその先。

主要人物は4人。
主に彼らのモノローグで話は進む。
それぞれに味のある語り口。そして皆多弁。
これが感情移入するのにとても効果的。

「自殺サークル」よりも血しぶきは少なめ。映像もかなり洗練されている。
代わりに、じわじわと内臓が食い散らかされていくかのような、目に見えない不安感と不快感を強く感じる。それにしても、侵食されるということはなんと容易く気楽なことか。

私が考える、本作のここぞというシーンは2つ。

1.決壊ダムさんの決壊と、54人が飛び込むまでの流れ。
その気高い志を示す、ロマンチックなシーン。

私が連想したのは、ハールレムの英雄が血まみれゲロまみれになりながらも堤防を守る姿。
自ら課した役割を果たす者の美しさ。

2.雪降る庭に誰かが誰かの幻影を見るシーン。

起承転結の転。いわゆるハッとするシーン。
自分がここではないどこか遠いところに行ってしまった時、思いもよらぬ誰かに呼びかけられることもあるのかもしれない。

そしてクライマックス。
それまで積み上げられた、それぞれの運命、自我、過去と未来がひとつの食卓に交錯する見事な展開。
この、客観的に見て何の変哲もない夕食は、とても暖かく、いろいろなものが詰まった、けじめの晩餐。

世界という大きな輪の中で、誰もが知ってか知らずか、何かの役割を担っている。
時にはそれを誰かに代わってもらいながら、時には造花のバラで寂しさを紛らせながらもこなしていく。
それでも、輪の中にい続けること、世界に関わっていることに意味があるのだろう。
私はどうだろうか。



…それにしても濃密な作品だった。
臨戦態勢で臨んだにも関わらず、かなり打ちのめされてしまった。
グロッキー状態ですが、少し間を空けてから第3ラウンド「愛のむきだし」へ進みます!
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