よしまる

ディア・ハンターのよしまるのレビュー・感想・評価

ディア・ハンター(1978年製作の映画)
4.5
70年代80年代が洋画初体験という世代にとって、映画って凄いなあ!と感嘆させられる作品の筆頭株(個人的に)。例えばそれが90年代だったら「羊たちの沈黙」や「セブン」てことになるのだろうか。

当時の語彙では表現出来なかった本作を令和のいま、ひと言で表すのなら「エモい」。
まだ大人じゃなかった自分にはロシアンルーレットの緊張感、WWⅡのような白黒フィルムの遠い時代の話では無く、すぐ間近で行われていた戦争、美しい女性との出会いや別れ、移民コミュニティの結束や寂寥感、とにかく異次元の体験を突きつけられたのが「ディア・ハンター」だった。

映画の作りとしてはかなり王道な撮られ方をしており、いま見ると教科書となりうるショットも多い。登場人物たちがどのように苦悩し、狼狽えるかがとても分かりやすく描かれている。

ロバートデニーロのマイケルとクリストファーウォーケンのニック。なんてカッコイイ2人なんだろう。
アメリカン・ニューシネマに登場した数々の名バディ。ニューマンとレッドフォード、ハックマンとシャイダー、ハックマンとパチーノ、ホフマンとヴォイト、ニコルソンとヤング、、いやいや書き出すとキリがない笑
そういえばマイケル・チミノ監督のデビュー作「サンダーボルト」、あれもイーストウッドとブリッジスによる楽しくも哀しいバディだった。

けれども、本作における2人はその誰とも異なる、非常に珍しい関係。
今ではこの2人が、あるいはデニーロの一方的な片想いとしてのホモセクシュアルというのが通説となっている。当時としてはまだまだそうした作り方も見方も珍しく、チミノ監督も否定はしているらしい。

個人的には同性愛だろうが友情だろうが実はあまり気にしない。なぜならこれだけ画面からあふれ出るほどの愛情を注げば同性愛と言われてもやむを得ないところだし、さりとてあくまでこれこそが男同士の友情だと言われても異を唱える意味もない。

むしろ今となってはベトナム戦争を無理くりぶっ込んで来たことの方が違和感が残る。ベトナム人を悪者にすることで米軍を正当化する手法は翌年公開の「地獄の黙示録」でトドメを刺し、ベトナム側にしっかりと焦点が当たるには8年先の「プラトーン」を待たねばならなかった。
て、これは雑な分析ですがw

なのでという訳でもないのだけれど、ベトナムの狂気を描くという意味では取ってつけた捏造ゲームであることはひとまず置いておき、ロシアンルーレットという異常な行いをもって人間性を暴き、マイケルとニックの関係性をスリリングに描いた点はやはり秀逸と言わざるを得ない。

マイケルにとって、追っても追っても捉えられないニックという存在、しかもそのニックは親友スティーブンに(ネタバレになるので書かないけれど)なぜか狂ったゲームの賞金を送り続ける。ニックの彼女であったリンダ(当時29歳のメリル・ストリープ)を愛しても、心の隙間は埋まらない。唯一の拠り所であるハンティングでさえ、まともに鹿を撃つことも出来ず…。

このどうしようも無い空虚な心の有り様を、ベトナム戦争の残した傷跡とするのか、愛する友を失ったハートブレイクと取るのかによって作品の評価も大きく変わるのではないかと思う。

上映時間3時間のうち、最初の導入部となるベトナム行きの壮行会に、1/3となる約1時間が割かれている。 これがとにかく長い。伏線として申し分のない仕込みなのもわかるし、無駄がないのも確か。さらには一気にベトナムの戦場へと放り出される衝撃との落差にも貢献しているのだけれど、それにしても長すぎる。
そんな本作でアカデミー作品賞に監督賞まで獲ってしまったばかりに、次作「天国の門」でも似たようなことをしてしまう。さすがに次は大失敗、映画界から干されるという憂き目に。

ちなみにUnextでは147分の短縮版が見放題となっていて一瞬良さげだけれど、その最初の1時間はほぼカットされていないのでこれは観ないほうがいい。てことはあれだけの尺あってこその名作なのだ。
どやねんw

と、いろいろあちこち書き散らしたけれど、なんだかんだとこれはやはりデニーロあっての物語。彼の演技無くして説得力は持てないし、心情をダラダラと吐露するようなこともなく、表情だけですべてを語ってしまうのはほんとに凄い。すべてはマイケルの視点から描かれているために、観ている者は簡単に共感して入り込んでしまう、それだけに彼が何にこだわり、何を求めたのかを知らず知らずに体感させられる。

愛する友や仲間たち、そして故郷。

スタンリー・マイヤーズ作曲カヴァティーナのギターをバックに、カーテンコールを彩る登場人物たちはみな、一様にとびきりの笑顔を見せる。何度観ても涙を滲ませてしまう名エンディングだ。
ベトナムの真実が捻じ曲げられた部分はあるにせよ、独りの男の情念に心を鷲掴みにされてしまった昔の自分にいつでも戻ることができる。
映画とは、そういうものだ。