回想シーンでご飯3杯いける

秋刀魚の味の回想シーンでご飯3杯いけるのレビュー・感想・評価

秋刀魚の味(1962年製作の映画)
3.9
引き続きノスタルジック・モード。

1962年公開の小津安二郎監督作品。同氏の遺作でもある。モノクロの印象が強い小津作品であるが、この頃になると映像はカラー。それもあって、古典的な映画と言うより、現代に繋がる作品としてのリアリティを感じる。

今作のテーマも、同氏の作品に多い父と娘の関係。まだ見合い結婚が多かった時代の娘の縁談について思い悩む父親の姿を笠智衆が好演している。冒頭では会社の上司が女子社員に対して「結婚はまだかね? 良い人が居るんだがお世話しようか?」と言ったやり取りが当たり前のように出てくる。現代であれば即セクハラ扱いであるが、当時はこんなやり取りが当たり前のように交わされていたのだろう。

本作が公開された1962年と言えば、終戦から15年以上経っているわけだが、主人公は元海軍で駆逐艦の艦長を務めていたという設定で、まだ終戦の続きといった雰囲気が描かれている。酒場で戦友と再会し、軍艦マーチを聞きながら敬礼のポーズを取るシーンには、僕達戦後世代からは想像もつかない重みがある。

冒頭で「小津安二郎の遺作」と書いたが、僕がこの作品でまず感じるのは、彼の監督としての手腕ではなく、故・笠智衆の圧倒的な存在感である。長台詞を朗々と語るシーンも無いし、泣かせるシーンも無い。ただそこで佇みながら思いにふけるその姿だけで、父と娘の関係や、敗戦を受け入れ現代に生きようとする男を演じる。こんな俳優、他にはなかなか思い当たらない。